西暦1942年8月16日に突如とした発生した『大西洋大津波』。これによって大西洋沿岸地域は甚大な被害を被ることになった。 世界有数の巨大都市『ニューヨーク』、世界最大の工業大国の首都『ワシントンDC』を筆頭に多くの都市が消滅し、海水が引いた後も 塩害によって多くの土地が耕作に適さない土地と変わり果てた。
 大西洋の主要航路も半ば遮断され、世界経済は大混乱に陥った。さらに旧アメリカ東部では『アメリカ風邪』と呼称される疫病さえ発生した。 キリスト教信者の中には『黙示録』、『最後の審判』の始まりと言って恐れ慄くほどの出来事の連続だった。
 しかし大西洋に面する地域に住む住人にとって本当の受難はそれからであった。

「今年もダメだった」

 フランスの穀倉地帯では43年、44年と続いた凶作に農民達が嘆いていた。ある農民は、自宅の倉庫の前で神を呪いつつ、膝を折った。 かつては収穫された穀物で満たされていた倉庫。だが今ではその4分の1にも満たない量しか穀物はない。

「あの津波以降、天候は滅茶苦茶だ。これじゃあ生活していけない」

 大西洋大津波以降続く異常気象によって、西ヨーロッパの穀物生産は壊滅的大打撃を受けていた。地中海沿岸はまだマシだったが、フランスや ドイツの穀倉地帯では凶作続きだった。加えて操業中の漁船や沿岸の養殖場なども津波で壊滅したこともあって、漁業でも不振が続いていた。 このため枢軸諸国の第一次産業に従事する者達の暮らしは最悪だった。
 だがそんな中でも、海軍が大きな影響力を持つフランス政府はイギリスへの復讐のために海軍と空軍の増強に熱を入れているのだ。北部出身の 人間達が政府に対してどんな感情を抱くかは言うまでも無い。

「政府は俺達を殺す気か!」

 被災地の北部ではデモが相次いだ。そしてデモは治安を悪化させ、それがさらに経済を冷え込ませた。大西洋大津波のトラウマから大西洋沿岸への 投資を嫌う傾向もあって、北部の景気は停滞した。フランス政府は農家に対して補助金を出すなど対策に乗り出したものの、被害の規模が大きすぎて 焼け石に水というのが現状だった。

「やれやれ……」

 殺伐とするパリの一角にあるホテルで、一人の背広姿の日本人男性が窓越しに周辺の様子を見て小さくため息をつく。

(戦前の面影は無いな)

 ここに来るまでに彼は配給の列にならぶ人々を、パン屋から盗み出したパンを抱えて必死に逃げる少年を、手足を失い物乞いになった男達を見てきた。 またスラム街も増えつつあり、治安は悪くなる一方だった。このためか未だにフランス政府はパリに首都機能を戻そうとしない。

「……国家再建に全力を傾ければよいものを。連中は外に手を出す余裕があると思っているのか?」

 情報機関に所属する男は、西ヨーロッパの現状を調査する任務を担っていた。その彼からすれば、今のフランスの状況は決して楽観できる ものではなかった。尤も枢軸の有力国の一つであるフランスが弱体化しているというのは日本にとって大きな利益になることも彼は理解していた。

(フランスが回復基調にのるのが遅れれば遅れるほど、日本は利益を得る)

 日本国内では欧州諸国を侮る人間もいたが、軍上層部や情報機関は欧州諸国の底力を過小評価していなかった。
 ドイツは元々、欧州でも最高クラスの工業大国だった。第一次世界大戦以来、日本はドイツから技術と金を毟り取ってきたが、それでも尚、侮れない だけの実力を誇る。フランスも、第二次世界大戦勃発前は列強の一角を占める大国であった。イタリアも地中海で日本海軍に消耗を強いた実績を持つ。

「日本が欧州枢軸を押し退けて筆頭になったのは、他の国が沈んだ所為」

 嶋田たち、夢幻会中枢メンバーはそう評し、欧州諸国が怒涛の勢いで追い上げてくることを警戒していた。このために日本は裏切り者であるはずの イギリスとも積極的に手を組み、イギリスを梃入れしている。
 そして尚も勢力拡大を図る枢軸に対する悪辣な罠の一つとしてインドという亜大陸一つを明け渡すことさえしたのだ。
 枢軸諸国はインドの市場や資源を手に入れるべく、インドの泥沼に突き進んでいた。これに対しイギリスは民族間にこっそり不和の種を埋めるだけでなく、 藩王国の利害が対立するようなやり方で利権の回収、或いは譲渡を進め、日本はインド分裂の影響を最小限に抑えられるように周辺地域への工作と軍の 再編を急いでいる。そこには欧州枢軸に対する侮りなどなかった。
 勿論、そんな罠のことを彼は知らないが、少なくとも上層部が欧州枢軸を侮っていないことには安堵していた。だが最近、彼を憂鬱にさせることも あった。

「日本人は注目の的ということか」

 彼は商社マンの肩書きで活動しているのだが……日本人と言うことが周囲に判った時の反応を思い出すと顔が僅かながら引きつった。
 まるで異星人を見るかのような視線もあれば、日本が一人勝ちしていることに対する嫉妬の視線、或いはイギリスによって手酷い目に 合わされた同類を見るような視線……このような様々な視線を向けられるのだ。
 居合わせたドイツ人に「神様に賄賂を贈る方法を日本が開発したというのは本当か?」と冗談半分(半分は本気)に聞かれたときには、 心の中でため息を付いた。

「そんな方法があるのなら苦労はしないだろうに……いや、彼ら白人が納得できる理由を欲していると言うことか」

 神に祝福された白人種を押し退けて日本が発展し続けるということは、何か特別な理由がある筈……そう考えるのがある種、普通と言えた。何しろ 白人の世界では未だに人種差別が激しい。そんな世界において白人達がうずくまる中、黄色い帝国が発展を続けているのだ。誰も彼もがその『理由』を欲していた。 ドイツは日本人を突然変異種とすることで、体裁を整えてようとしていたが、それだけで全員が納得する訳が無い。夢幻会の存在を知る者達は、夢幻会の 情報収集を続けたが、その存在を知らない者たちはその理由を必死に探っていた。

「理解不能な存在を人は恐れ、排除する。何か手を打つように上申する必要があるかも知れん」

 日本はついこの間、中華民国と華北出身者という幾ら殴っても問題がないスケープゴートを用意した。
 卑劣な方法で列強を騙し、日本を孤立させ、太平洋で大戦争を引き起こす原因を作ったという誰もが文句をつけようが無い罪状を持った彼らに対し 各国は容赦の無い措置を取った。
 白人達は用意されたスケープゴートを徹底的に叩き、貶めることで溜め込んだストレスを解消していたが、それとて有効期限がある。白人達の屈折した感情が 日本に向けられる前に手を打つ必要があるのではないか……彼はそう考えたのだ。

(一歩間違えれば、大和民族はユダヤ人、いやポーランド人と同じ運命を辿りかねないからな)

 東欧でポーランド人は激しい弾圧を受けていた。
 ソ連からも、ドイツからも、いや他の周辺国の多くから嫌われていたこの国の住民の末路は悲惨なものだった。ポーランド人は奴隷として徹底的に 使い潰されており、労働力にならない者達は捨て置かれ困窮に喘いでいる。
 故郷から追い出され、都市周辺のスラム街で明日をも知れない生活を余儀なくされている者達は数え切れない。まして昨今の異常気象で食糧事情が 厳しくなっているのだ。東欧では餓死者が相次いでいるという情報さえある。未確認情報では仕入れる肉がなくなった肉業者が、人肉にまで手をつけた という話さえ彼の耳には言っていた。しかしそのような悲惨な話も、一歩間違えればわが身の物になってしまうのが今の世界情勢だった。特に日本人に とっては他人事ではない。同じ白人でさえ使い捨てにされるのだ。日本が負ければどのような扱いを受けるか……想像に難くない。

「負けは許されない……か。来年も厳しい年になるな」






              提督たちの憂鬱外伝 戦後編9





 欧州やアフリカで嵐が吹き荒れている頃、表面上、平和を謳歌している日本帝国の中枢では今後の政体をどうするかで激論が繰り広げられていた。
 情報の拡散によって夢幻会の存在が知られるようになった以上、現状維持は非常に難しくなっている。また戦勝に伴う権力の集中によって組織の 腐敗が進むことも懸念されていた。故に夢幻会を公的機関に統合し、他の政治勢力との協調と組織の自浄能力を維持することを図っていた。

「……まぁ何はともあれ、ありのままに公開するのは無理でしょうね」

 辻の意見に反対はなかった。夢幻会がそのまま表に出ると混乱が起こると考えられた。 影の巨人はひっそり時間をかけて表の世界に溶け込むのが最も効率の良い方法だと会合の面々は判断していた。
 表向き、総研が所有する建物の一角で開かれた会合の席では、誰もが頭を捻りつつ、最善の道を探っていた。

「総研の権限と機能を強化し、枢密院と併せるのが適当なのでは?」
「構成員全てを表に出すわけにはいかないからな……」
「政策決定に携わる人間や権限がある人間だけを出し、後はこれまで通りと。技術者や科学者などは外部協力者や識者の第三者委員会の所属と」
「横の繋がりについては、各省庁間の人事交流制度を強化し、必要な組織を新たに立ち上げれば何とかなる」

 会合の席では年末だというのに休みも無く連日激論が交わされていた。
 夢幻会の構成員の中には、政策決定に携わらない人間もいる。また権限は持たない支援要員も多い。だがそんな彼らを幹部達は軽視して いない。夢幻会はそのような名も無い人間達の協力もあって強大な力を持ち得たからだ。幹部達は末端の人間の利益も守るべく頭を捻っていた。 しかし問題は夢幻会のことだけではない。

「問題は夢幻会の公的機関化だけではすまないでしょう。今の国際情勢を見る限り、非常時には強い権限をもって事態に迅速に対処しなければ 手遅れになる事案が多すぎる」

 日米戦争を指導した嶋田は非常時においては、強力なリーダーシップが必要になることを痛感していた。
 この世界の日本では史実のような軍部による独走を懸念して、憲法制定時に総理大臣も大本営の一員にすることで軍部の独走を防止するように 務めていた。しかし統帥権については天皇陛下にあるとされ、責任の所在は曖昧だった。
 今回の戦争では、陛下に危害が及ぶのを避けるため陛下の承認の下に嶋田が全権を掌握した形となったが、毎回手回しをするのは些か手間であり 時間が掛かる。また陸海軍の協調についても、制度面よりも人的交流による横のつながりによるものが大きい。陸海軍の指揮系統についても再検討 する必要があると、彼らは考えた。

「世間は勝った、勝ったと騒いでいるが、見直すべき点が多いな」

 陸軍参謀総長を務める杉山は、問題点の数々に頭痛を覚えた。

「大本営の解体と統合参謀本部の設置、それに国防総省として兵部省の復活が必要になるかも知れん」

 近衛の言葉に、陸海軍の面子が少し渋い顔をする。軍需省の設置で必要な資材の調達、兵器の生産は効率化したが指揮系統にまで踏み込むと なると色々と面倒なことが多い。

「守るべき範囲が広大になったという現実を盾にして、改革を断行していくしかないでしょう」
「政治改革も進めて、軍制改革も進めると? 昭和の御維新になりますね……」

 陸軍大臣の永田鉄山の言うとおりだった。
 しかし戦勝によって増大した夢幻会の政治力をもってすれば実現することも不可能ではないというのも事実であった。夢幻会の影響力は あらゆる方面に及んでいる。山本たちのような非夢幻会派も存在するものの、彼らも合理的な一連の改革全てに反対できはしない。日本帝国は 今や『日の沈まぬ帝国』と言われるほど勢力圏を広げていた。この広大な勢力圏と同盟国を守るためには改革が必要だった。

「……やるしかないでしょう。勢力圏の再編に欧州枢軸が手間取っている内に進めなければ、後で手痛い目に遭うことになる」

 嶋田の意見に反対する人間はいなかった。
 夢幻会の影響力が増している今こそ、改革を行うチャンスだった。機会を逃せば柵にとらわれ、小手先の対策しか取れなくなる。
 しかし今後の取り掛からなければならない仕事量の多さに、誰もが暗然たる思いだった。

(((遊戯盤をひっくり返したら、さらに鬼畜な難易度のゲームが現れたといったところか)))

 衝号作戦の真相を知る人間達は、乾いた笑みしか浮かばない。
 日本を大陸に引きずり込もうと画策していた中華に追い討ちをかけて、ここ数世紀は立ち直れないほどの大打撃を与えるという大戦果を 挙げたにも関わらず、男達の表情は晴れない。

「そういえば陸軍の新兵器開発はどうなっています?」

 気分を変えるように辻が尋ねる。これに杉山が渋い顔で答える。

「ドクトリンを変更する所為で、色々と手間が掛かっている。何しろ主戦場はインド、或いは北米だからな。それに四式戦車は小型化しすぎた所為で 問題が多い。これらのことを考慮して新型戦車開発をしなければならない」

 人員不足、そして機動力を重視するドイツ軍が仮想敵の筆頭になったこともあって、日本陸軍は火力重視に舵を切っていた。
 陸軍内部では機甲師団同士の決戦をもって勝敗をつけようとする動きもあったのだが、海軍にリソースを割かなければならない状況では 到底不可能という結論が下った結果だった。

「これだけ広い範囲を25個師団で守る……か」
「戦前の勢力圏で25個師団体制なら嬉しかったんだが……」

 当然だが、陸軍には師団の増設を要求する将兵もいたが、予算と人員の問題から不可能とされた。このため陸軍は火力重視を採用せざるを 得なかった。海軍優遇に不満を持つ人間も、大洋を隔てた場所に、海軍の支援なしで進出する勇気は無かった。

「確か火力重視でしたか」
「勿論、機動力を軽視するわけではない。機動力と重火力を両立することが目的だ」

 現状の日本陸軍の火力は、史実の比ではないのだが……杉山の目からすればまだ不足と言えた。
 ちなみに中国戦線で日本陸軍によって文字通り木っ端微塵に粉砕された在中アメリカ陸軍の生き残りは、後に当時の日本陸軍上層部が自軍が火力不足と 評していたことを知って卒倒したといわれている。

「まぁ次世代の戦車、十二式になるだろうが、この本格的な第一世代MBTの配備は、枢軸の戦備と技術の成熟を待ってからだろう」
「試作は作ると?」

 この問いに陸相の永田が答える。

「本格的量産はしないが、技術習得と運用経験獲得のために少数は生産して配備するつもりです」
「なるほど」

 周囲が納得したのを見て、杉山が後を引き継ぐ。

「手持ちの加農砲の自走化、それにヘリで輸送が可能な山砲や運搬が容易なロケット砲。あとは二式突撃銃の改良と、次世代型の開発も急ぐことになるだろう。 ああ、運用の効率化のために通信網、いやデータリンクの整備のためにデジタル通信技術の開発も急ぐ必要があるな」

 突撃銃についても、二式突撃銃の改良型を配備した後は、西側のものにシフトすることが内々に決定されていた。その候補としてH&KやFN系列が 挙げられているが、具体的にはまだ決まっていない。

「……忙しいですね」

 嶋田の同情が篭った視線に、杉山は目を細めて言う。

「『海軍』に人員と予算を取られているせいなんだが? もう少し余裕があれば選択肢が増えるのだが?」
「いえいえ、海軍も似たようなものですよ。何しろ海軍の試算では現在の勢力圏を守るには大鳳型に匹敵する空母が6隻必要ですから」
「……まだ足りないとでも?」
「何しろ三大洋のうち2つで活動しなければならないので」

 しれっと言う嶋田。
 嫌味の一つでも言ってやろうかと思った杉山だったが、辻が座っているあたりから黒いオーラを感じたために断念した。ちらりと横目で見ると そこには実に『良い笑顔』を浮かべている辻が居た。

(引き際か……)

 非公式の夢幻会の会合であったが、そこでもある程度のパフォーマンスが求められるのだ。そして杉山はこのあたりで本題に戻すことにした。

「まぁロケット砲については、63式107mmロケット砲をモデルにした五式十糎十二連装噴進砲が完成する。他の機材も調達を急いでいるところだ。 問題は人の教育だよ。ドクトリンを変え、技術もさらに進化するとなると人の教育が問題になる」
「確かに。いくら高性能な兵器でも、それを人が使いこなせなければ意味が無い」

 日進月歩の勢いで進化する兵器と各種技術は、これまでの軍の運用を大きく変える。その影響を受ける将兵の負担は大きい。

「また時間と金が掛かりますね」

 辻はそう言って嘆息する。

「『良い兵士が兵器を強くし、良い将校が良い兵士を活かす』、といったところですか。まぁそのためには多少の出費も必要でしょう」

 兵士だけが良くても、戦局はひっくり返られない……それを知るが故に誰も異論はない。誰もが納得しているのを確認して嶋田は話を続ける。

「疾風を出すことで、枢軸は当面は大人しくなるでしょう。少なくとも彼らが富嶽と疾風への対抗手段を手に入れるまでは」
「そして平和な内に、彼らより早く軍と勢力圏の再編を終えれば……『次の戦争』で主導権を握れる」

 先の戦争が終って2年も経っていない。だがすでに軍部、情報局は次の戦争に向けて準備を進めていた。想定されるのはインド周辺、或いは北米。 彼らはこのまま平和が続くとは思っていなかった。

「判っています。平和とは所詮は次の戦争までの準備期間でしかない……そして我々は負けられない」

 嶋田と杉山の台詞に異議を唱える人間はいない。こうして夢幻会の年の瀬は過ぎていった。
 尤も、さすがに大晦日や元旦は多くの人間が家で過ごして、英気を養った。多少は息を抜き、体を休めなければよい仕事は出来ないのだ。

「ふふふ。久しぶりに気が抜ける」

 寝巻き姿でコタツに入り、ミカンを食べる嶋田。独裁者に似つかわしくない質素な和風の部屋で、一人コタツで体を温める姿はどうみても普通の老人に しか見えない。しかし本人は全く気にしなかった。

「豪華な部屋に居ると、どうしても自分は責任ある立場なんだって自覚するからな……来年は、今のゆったりとした時間が続けば良いのだが」

 「無理だろうな〜」と呟きながら突っ伏す嶋田。来年はカリブ海大演習だけでなく、日本、イギリス両国では選挙もある。日本は問題ないだろうが イギリスの場合は保守党の敗北は確実。それどころか既存の政党への不信感からモズリー率いるファシスト勢力の台頭さえ予想されていた。
 色々なことを考えていたら、不吉な予感が彼の脳裏によぎる。

「……気のせいだろうか、先の台詞は何かこうフラグのような気がする。こう『出撃前に故郷の子供の話をする』とか『戦友を逃がすために盾になる』みたいな」

 「まさか、二番煎じはない……と思いたい」と呟いて嶋田は暫しの惰眠を貪る。穏やかな眠りこそ今必要なのだ。 だが彼は後に「二度あることは三度ある」という格言を思い出すことになる。




 そして昭和20年。西暦1945年1月5日。
 この日、元帥海軍大将にして、帝国内閣総理大臣を務める嶋田繁太郎は大日本帝国海軍ご自慢の最新、最大の正規空母『白鳳』の艦上に居た。

「ふむ、練度は問題ないようだな」

 迫り来るカリブ海大演習に向けて訓練に励む艦隊の視察ということで、嶋田は白鳳を訪れていた。
 艦橋から見える訓練の光景を見て、嶋田は満足そうな顔で頷く。彼の視線の先には4機の四式戦闘機『疾風』があった。それは帝国軍と倉崎が総力を挙げて 開発した第一世代ジェット戦闘機にして、世界初の実用艦載ジェット戦闘機であり、対ドイツ、対アメリカ戦においてはジョーカーとなるはずの存在だった。

「はい。倉崎の実験機のデータが役に立ちました」

 カリブ海大演習に参加する大西洋艦隊を指揮する栗田中将が頷きながら言う。

「それにしても計画当初のものとはかなり変わったように見えますが?」

 夢幻会派であり、史実を知る人間である栗田が苦笑いしながら尋ねた。嶋田は少し口をつぐんだ後、軽く息を吐いて答える。

「……倉崎とノースロップ社の連中に言ってくれ」
「ツインマッドといったところですか」
「ああ」

 少しどんよりした顔になる嶋田。
 疾風は元々、FJ−4をベースにして開発を進められていた。しかし将来的な後退翼の限界を知る者達は、後退翼機で あるFJ−4をそのまま再現するかどうかで紛糾した。そして最終的に第一次世界恐慌時に荒稼ぎした金、そして倉崎翁の誠意ある説得もあって、日本に本社を 移転したノースロップ社の技術者達の協力によりFJ−4とF−5を混ぜたような機体が完成したのだ。
 全体的に寸胴気味だった胴体は、機首から両側へと移動した給気口や断面積分布法則(エリアルール)の適用でめりはりがあるものに変化し、FJ−4の 特徴的だった急な後退翼は、何処かで見たことがある浅い後退角を持つ直線翼へと換装された。  さらに空戦時や離着艦時には、備えられた自動安定装置が機体の制御を機械的に補助する。また吸気口が存在した機首は二門の新型機関砲が収まってなお、 将来的な電探装備へも対応できる拡張性が残されている。
 まぁ短く言えば、強力な戦闘能力を擁しながら拡張する余裕を残した優秀な機体だった。

「しかし今は亡きアメリカ合衆国の技術と日本帝国の技術を融合させた機体が、アメリカを分割した列強諸国が開催するカリブ海演習で飛ぶことになること になるわけか……」

 実に皮肉が効いていた。

「ヘリコプター、いえ回転翼機の開発でも、旧アメリカ合衆国の会社が関わっているとなれば……カリフォルニアの住人達はどう思うでしょうか」
「旧連邦政府の無為無策が、技術流出を招いたとすれば良い。マネーゲームを批判すると向こうの財界に都合が悪い。まぁ向こうの経済界からすれば かつて日本人に買われた連中が、今では自分達より立場が上となると面白くは無いだろうが」
「なるほど」

 人種差別が激しかった上に、当時のアメリカ人からすれば日本など辺境にあるフロンティア進出のための橋頭堡に過ぎない。世界恐慌時に買収を 仕掛けたものの、日本に本社を移す決断をしてくれた会社はごくごく僅かだった。一般的なアメリカ人からすれば、わざわざ黄色い猿の国に本拠を移す のはよほどの物好きか山師でしかなかったのだ。
 だが今や、彼我の立場は逆転していた。敢えて世界の中心であったアメリカから、極東に拠点を移した企業こそが勝ち組となり、アメリカに留まった 企業は軒並み負け組みとなった。

「かつてノースロップを嘲笑った連中は、さぞかし肩身が狭いだろう」

 意地の悪い笑みを浮かべる嶋田に、栗田を含め、周囲の人間は同意する。

(まぁノースロップの連中にも、四式戦闘機が対米戦争に使われなかったことにほっとしている連中もいるだろうな)

 世の中、そうそう割り切れるものではないだろうしな……と誰にも聞こえない小声で呟いた後、嶋田は話題を戻す。

「何はともあれ、列強諸国へのお披露目だ。頼むぞ」

 日本はカリブ海大演習で宣伝戦を仕掛ける。
 かつてナチスドイツが英仏に仕掛けたように、帝国軍の、特に航空戦力の強大さを喧伝するのだ。次の戦争の開始を遅らせるために。そして そのこちら側の軍事力を背景にポーランド自治領を認めさせるために。
 尤もドイツ側もカリブ海大演習で自軍の軍事力の誇示を狙っており、力の誇示をした後に交渉を行うつもりでいた。ただし枢軸海軍が参加させる 艦艇は日英海軍に比べると見劣りがするのが悩みどころだったが。

「イタリア海軍の空母はどうなっている?」

 総統官邸で壁にかけられた世界地図を見ていたヒトラーは、海軍元帥レーダーにイタリア海軍の様子を尋ねた。

「完成してから時間がそう経っていないため、やはり練度に問題が」
「そうか……」

 アクィラ級空母。それは地中海戦線での戦訓と日本海軍空母機動部隊の圧倒的な破壊力を見たイタリアが建造し、現在欧州枢軸が保有 する唯一の正規空母だった。
 元アメリカ海軍の技術者のアドバイスを受けたこの艦はアメリカの空母の特徴ともいうべき広大な飛行甲板を持ち、両用砲は史実エセックス と同等の配置としている。サイドエレベーターやカタパルトこそなかったものの、艦首部をエンクローズドバウにして凌波性を高めると共に、航空機の 発艦距離を可能な限り稼ごうともしている。  更にドイツに頭を下げて、レーダーや機関砲を導入して、可能な限りの対策も取っている。このため実験艦でもありながら、正面戦力にもなりえる 有力な艦に仕上がっていた。まぁ懐事情が苦しい故にノウハウを得るためだけの実験艦を建造する余裕が無かったためでもあるのだが……。
 何はともあれ、突貫で建造したこの空母は、カリブ海大演習での枢軸海軍の目玉だった。しかし完成してから日が経っていないこともありその練度は 満足なものではなかった。
 尤もドイツ海軍に至っては、空母を建造する前に不足している護衛艦の建造に注力しなければならない段階だったが……。

(戦艦、空母どころか、巡洋艦や駆逐艦、それに輸送船の建造が優先とは……)

 今のドイツ海軍の力では、通商破壊とバルト海防衛が精一杯だった。
 それにも関わらず、今のドイツ海軍は相手の通商路を破壊するだけでなく、こちらの通商路を守ることも要求されている。そのためには駆逐艦や海防艦の建造が 優先されるのは仕方が無いことだった。このためドイツ海軍自慢のUボートの建造さえ大幅に縮小している。新型Uボートの開発は進めていたが、 それも独ソ戦の影響と大西洋大津波による打撃によって遅れ気味だった。

「フランスとイタリアに期待せざるを得ない」

 潜水艦だけでは制海権は奪えない。悲しいが、それがドイツ海軍の現状だった。
 しかしそんな自国海軍の窮状を知っている陸軍と空軍は気が気でない。何しろ大西洋を隔てて貴重な戦力を北米に貼り付けているのだ。 イザ戦争となった途端に、日本海軍に大暴れされて補給線を遮断されたら目も当てられない。

「いくら陸軍が精鋭でも船ごと沈められたら目も当てられない!」
「そもそも連中にまともに護衛する能力があるのか?」
「海軍が戦えるようになるまで、一体どれだけの時間と金と人がいるんだ?」

 酷い言われようだが、メキシコ海軍との戦い(?)以外では大した活躍をしていない(対ソ戦では地上砲撃くらい)ことから海軍の水上艦艇への信頼は低かった。
 実際、当のドイツ海軍の既存艦艇には対空、対潜能力に問題がある艦が多いため、単に数を増やすだけでは単に日本海軍に的を提供するだけという有様。 このため既存艦艇の装備の見直しを急いで進めているという状況だった。
 しかしここでも問題が発生した。ドイツ海軍には護衛戦のノウハウや経験が乏しいのだ。つまり戦術の研究や将校の教育も並行して行わなければならない。
 加えてBOB、地中海、太平洋での戦いで判明したレーダーの有効性から、電子装備の更新も叫ばれている。だが幾ら予算が増やされたとはいえ、陸軍国ドイツに とって優先されるのは陸軍と空軍。増額されたとは言え、振り当てられる予算では全てを同時に解決できない。まして戦後復興のために軍事予算の配分についても 見直しが叫ばれているのだ。

「これでどうしろと!?」

 執務室でレーダーは悲痛な叫びを上げていた。
 しかし世間はそんなレーダーの内心へ配慮することなどしない。政治と軍事では結果が全てなのだ。新装備の開発と配備が遅れれば海軍の総責任者であるレーダー への風当たりは大きくなるだけだ。彼が胃に受ける打撃は鰻上りだった。

(もう私の時代ではないな……)

 もうそろそろ辞任して、デーニッツに全て任せるか……とさえ思うようになったレーダー元帥。周囲は心労でげっそりとやせた元帥が辞意を表明するのと 心労で倒れるのはどちらが早いだろうかと囁かれる程だ。
 しかしそんなドイツ海軍きっての苦労人である彼の内心を他所に、話は進む。

「テキサスの友人達を安心させるためには、陸軍と空軍の大演習もいるかも知れん」

 この意見にドイツ陸軍関係者は「さらに兵力を北米に送る気か?」と内心ゲンナリしたが、ここでヒムラーが口を挟んだ。

「総統、ここは我々に任せていただけないでしょうか?」
「親衛隊を派遣すると?」
「はい。アーリア人の優秀さを、テキサスの友人達に見せ付ける良い機会かと」

 これにヒトラーは頷く。

「良いだろう。だが、やはり国防軍からも兵と新兵器を送る。少数ではあるが……日本人を震え上がらせるような精鋭を送るのだ」

 ドイツ陸軍、空軍にはエース達が大勢いる。さらに空軍は烈風改や富嶽に対抗するべく新型機、新兵器の開発、生産も進めていた。
 ヒトラーはこれらのエースと新兵器を配備された精鋭部隊なら多少、劣勢でも戦局を挽回することが出来ると考えていた。ソ連軍の兵器が 使い物にならない物が多かったことを差し引いても、エース達の戦果は十分だった。このヒトラーの決定によって、テキサスには史実を知る 夢幻会の面々が震え上がるチート軍人が結集することになる。

「兎にも角にも、カリブ海大演習で枢軸の威信を示す。これで日本人とイギリス人に睨みをきかせ、その間に勢力圏の再編を急ぐ」

 ヒトラーも、今は勢力圏の再編に力を注ぐ段階であることを理解していた。
 だがそれは何もしないという訳ではない。ライバルである日英に対して、少しでも優位に立つため様々な手を打つつもりだった。何はともあれ 両勢力は威信を誇示するため準備を着々と進めた。
 しかし西暦1945年1月9日。年が明けて1ヶ月も経たないうちに、再び歴史に名を残す惨劇の幕が開ける。
 惨劇の舞台はポーランド。
 第二次世界大戦の開幕を告げたこの地は再び歴史の舞台となった。

「ナチス共を追い出せ!」
「食べ物と自由を!」

 飢餓と弾圧、そして年明けから襲い掛かった大寒波によって極限状態に追い詰められた人々が遂に蜂起したのだ。
 ワルシャワを皮切りに、相次ぐ蜂起は旧ポーランド全体に波及していくことになる。








 あとがき
 お久しぶりです。提督たちの憂鬱外伝戦後編9をお送りしました。
 疾風のコンペですが、グアンタナモの人さんの案を採用させていただきました。多数のご応募ありがとうございました。
 さて、いよいよカリブ海大演習ですが……その前にまだイベントは続きます。実に血生臭い年明けと言えます(核爆)。
 嶋田さんが安心して引退できるのは何時の日になることやら(汗)。



 今回採用させて頂いた兵器のスペックです。


倉崎/ノースロップ 四式艦上戦闘機<疾風>
乗員 : 1名
全長 : 12,8m
全幅 : 7,26m/7,28m(翼端増槽装着時)
全高 : 4,2m
自重 : 5,152kg
発動機 : 倉崎<誉>軸流圧縮式噴進発動機(推力 : 3,200kg)
最大速度 : 1,100km/h
実用上昇限度 : 14,300m
航続距離 : 2,500km(翼端増槽装着時)
固定兵装 : 20mm回転薬室式機関砲二門
搭載可能兵装重量 : 2,000kg(空対空噴進弾、外装型回転薬室式機関砲、爆弾、増槽等)



五式十糎十二連装噴進砲
口径:105mm 全長:2.58m 全幅:1.4m 全高:1.1m
重量:382kg(ロケット装弾時:605kg) 最大射程:8千m
再装填時間:3分 運用人員:5名



アクィラ級航空母艦
基準排水量:24,500 t
全長:216.5 m
全幅:32 m
喫水:7.3 m
主機:ベルッツォ式ギヤード・タービン4基4軸 151,000馬力
主缶:ソーニクロフト式水管缶8基
速力:30 kt
航続距離:18ノットで5,500浬
兵装:OTO1938 13.5cm(45口径)連装両用砲8基
   :SK C/30 3.7cm(83口径)連装機関砲10基
搭載機数 51機(計画時:実際にはこれより減少)