第二次満州事変が中華民国(北京政府)による自作自演であったこと、そしてそれを米国が事実上黙認していたとの情報は瞬く間に世界を駆け巡った。 これに加え米国を裏切った中国が、対米戦への参戦を打診していたことも明らかになると各国では中華民国に対する怒りと呆れと侮蔑……あらゆる負の 感情が巻き起こった。
 中華民国政府は当然、濡れ衣だと主張した。そして中華民国大使・沈瑞麟が首相官邸に駆けつけ直に嶋田に抗議し、撤回を求めた。当然ながら嶋田はその抗議を 一笑に付した。対面に座る大使に向けて、日本が集めた情報を突きつける。

「これだけの証拠があっても、尚、濡れ衣だと?」

 ソ連経由の情報、そして中央情報局によって確保された張学良の元・側近、カリフォルニア共和国に恭順した元・在中アメリカ大使と元・在中米軍関係者など による証言(当然、取引を行った)とこれまでの中華民国の行いが、日本政府の発表に絶対の信憑性を持たせていた。
 しかしそれでも尚粘るのが中国人。「いち早く降伏し、過酷な降伏条件すら呑んだというのに、このような濡れ衣を着せるような非道な仕打ちをするとは」と 沈瑞麟は言ったが……嶋田は即座に反論する。

「反政府暴動を反日に転嫁しようとした貴国を信頼できると思いますか?」

 嶋田の突きつけた言葉に、特使は一瞬だが口ごもり、縋るように尋ねる。

「……貴国は一体何を望んでいるのですか?」

 日中の力関係からすれば、日本が中華民国を支配することも出来る。日本の発表を聞けばあらゆる国がそれを支持し、誰もそれに反対しないのは目に見えている。 日本が第二次満州事変の真相を暴露した以上、何らかのアクションを起す……そう考えた故の問いかけであった。

「我々が貴国に提供できるものは、もはや土地しかありません」
「荒廃した華北を支配する意思は、我が国にはありません。わざわざ懲罰のために戦争をする意思もありません。狂った中華思想を持った黒幕の 張学良はすでに死亡していますので。ただし……今回の一件から相応の対応をさせて頂く」

 嶋田は中国人の日本への渡航制限(殆ど禁止)、在日中国人に対する監視強化(或いは強制退去の執行)、中国資本の日本勢力圏での活動制限、中国船籍の船舶 への臨検などの措置を実施することなどを告げる。太平洋を支配する日本の勢力圏での活動を制限されるとなると中国資本は大きな打撃になると言えた。 まして今回の一件で中国資本の信用は失墜しておりまともな商売は実質的に不可能になる。ただでさえボロボロの中華民国にとっては泣きっ面に蜂どころではなかった。 だがそれでも尚、甘い制裁といえなくとも無かった。中華民国が仕出かしたことを考えれば、北京に原爆を落とされても不思議ではなかったのだから。
 真っ青になりつつも打開策を練る沈。しかしそんな彼に、嶋田は追い討ちを掛ける。

「これに加えて」
「な、何を望まれるのですか?」
「簡単なことです。諸外国で排斥されるであろう中華民国出身者を貴国が責任をもって引き受けることです」
「在外の同胞の引き受け、ですか?」
「過去にあのような謀を行い、日米戦争を引き起こした国の人間が、海外でこれまで通りの生活が送れると思いますか?」
(それを引き起こしたのはお前達だろうが!)

 沈は内心でダース単位で嶋田に罵声を浴びせる。しかしそれは決して表に出さない。
 中華民国政府の命運は目の前の男との会談の結果に掛かっているのだ。沈の目の前に居る痩せた男の号令が下れば、世界最強の艦隊が渤海に展開し、両日中に 北京に日章旗が立つことになるだろう。だが祖国が滅亡するよりも、恐ろしいことが中華民国の要人達にはあった。

(下手に戦って負ければ中華民国政府高官は全員が捕縛された上、世界の敵として処刑される……かつてメキシコを暴走させた男達のように)

 元メキシコ陸軍将軍・ダビット少将などの旧メキシコ陸軍将校と革命政府の一部高官は文字通り『世界の敵』として絞首刑に処された。
 アメリカ風邪を悪用して全世界を破滅に導こうとした男の末路として、彼らの最期は喧伝されていた。何しろアメリカ風邪の威力を見て 生物兵器を開発しかねない勢力(その筆頭はソ連)は存在した。故に列強諸国は、生物兵器を開発しかねない勢力を牽制する必要があったのだ。
 勿論、日本はその動きに乗った、いや積極的に主導した。何しろ日本は人口密集地帯に核兵器を投下したのだ。後に批判されることを避けるためには その正当性を絶対のものにしなければならない。この先、人権や人道が重視される世界になっても、お人よしの人間から非難される謂れの無い絶対の 正当性……それを得るためにはメキシコ人数名の名誉など軽いものだった。
 メキシコ政府やメキシコ人達でさえ、祖国を破滅に導こうとした愚か者達に詰め腹を切らせる程度で罪が減じるなら安いもの……そう考えて 処刑に賛同していた。
 何はともあれ、メキシコ合衆国と当時の政府高官たちの末路が『列強全てに喧嘩を売った者(国)の末路』とされていた。そんな状況であるが故に 今や世界の敵とされそうな中華民国は下手なことは出来なかった。
 かつて日本を帝国主義者、侵略者と罵り、謀略で日本を陥れて世界から孤立させた国は、今や世界から孤立していた。もはやどの国も中華民国を 助けようとはしない。いや、そもそも中国人そのものを不信の目で見るようになっている。

(どうしてこうなったのだ……)

 幾ら粘り強い中国人と言っても、味方が皆無となるとさすがに厳しい。まぁそれでも生き残れないとは言えない辺りが彼らのバイタリティーの強さを 物語っている。
 何はともあれ、そんな沈の苦悩を見透かすように、嶋田は話を続けた。

「このままでは海外で現地住民と華人達の衝突が激化するでしょう。未だに混沌としている世界で、これ以上の混乱は望ましくないと我が国は考えています。 そこで……」
「我が国の出番、と」
「その通りです」

 一言で言えば、厄介者を引き受けろ……だった。
 だがそれを聞いた沈は日本が何を考えてわざわざ中華民国を弾劾したかを理解した。

(日本人は、我々の海外への影響力を一掃するつもりか!)

 中国人からすれば忌々しい戦略であったが、米中によって挟撃され亡国の一歩手前にまで追い詰められた日本からすれば当然の措置であった。

(貴様らの仕出かした罪に比べれば、十分に甘い措置だよ)

 さすがの嶋田も、彼らの所業には腹を立てていた。故に容赦はない。

「船が必要なら『有償』で融通しましょう。退去までの時間が長引けば長引くほど大きな被害が出ます。無用な被害が出るのは好ましくありません」

 まるで海外で迫害を受ける中国人を案じるような素振りを見せる嶋田。だが中国人が排斥される原因を作った張本人が言うのはあまりにも白々過ぎた。

(我々が受ける被害ではなく、諸外国が受ける被害が心配なのだろう!)

 屈辱と怒りの余り、顔を真っ赤にする沈。

「……海外の同胞達が大人しく排斥されるだけかとお思いですか?」
「反撃なされると?」
「彼らとて生活があります。当然のことでしょう。それに東南アジアはどうされるのです。貴国とて東南アジアが混乱するのは望まないのでは?」

 華僑を排斥すれば、日本も唯では済まない……沈はそう告げる。だが嶋田は余裕を崩さない。

「東南アジアの華僑は華南や福建出身が多い。そして彼らは我が国の友好国の人間です。すでに危害が及ばないように手は打ってあります。また仮に 友好国で騒乱が起きた場合、迅速にこれを鎮圧する用意も進めています」

 先の会見において嶋田は『日本の同盟国・福建共和国、友好国・華南連邦の人間へ不当な攻撃があった場合、迅速な対応を取る』ことを宣言していた。 日本政府はあくまでも『北京政府(華北)の人間』が悪いことを強調していたのだ。福建共和国、華南連邦はそれぞれ戦前から独立しており、それなりに その存在を周知されていたこともあって、彼らの保護は不可能ではない。

「で、ですが仮に海外の同胞達を保護したとしても、今の我が国には彼らを養う余裕はありません」
「彼らにただ飯食いをさせなければ良い話では?」
「その働き口が……」

 ここで沈は目の前の男が何を言おうとしているのか気付く。

「北の大地に送れと?」
「貴国がどのような働き口を用意するかは貴国の内政問題であり、我々が関知するものではありません」
「……」
「ああ、貴国が拒むのであれば、それはそれで構いません」

 仮に北京政府が拒めば、他の勢力がこぞって手を挙げるだろう。そして日本と手を結んだ者達は自らを「華北に於ける正統政府」と自称する。そうなれば 北京政府は危機的状態に陥る。まして北京政府は今や世界の敵なのだ。『逆賊討伐』の名目に各勢力が連合して北京に攻め寄せる危険が大であった。 仮に攻め込まれ北京が陥落すれば今の政府高官は亡命など許されず一族郎党諸共、抹殺されるのは確実だった。

(何が交渉だ、もはや脅迫ではないか!! しかも我が国の金で、我が国の影響力を消すツモリとは!!)

 だが彼と中華民国北京政府には、日本の通告(提案ではない)を拒否する力は無かった。
 今や世界の中心は『中華』の名を冠した中華民国ではない。沈の目の前に座る男が首相を務める新興の帝国なのだ。彼らの命令を聞き入れ、列強の監視の下、 自分達の役目を果たすことが自分達の延命に繋がることを沈は理解した。実際にはこの受け入れがたい屈辱的な現実など理解したくは無かったが……。
 沈は失意のまま、第二次満州事変の真相を知って怒り狂った日本人達によって自然と形成されたデモ隊が囲う在日中国大使館へ帰っていった。

「寛大な措置と思って欲しいものだ」

  負け犬の大使が出て行くのを一瞥した後、嶋田は不機嫌そうに吐き捨てるように呟いた。その直後、負け犬と入れ替わるように辻が嶋田のもとを訪れた。

「どうでした? 会談は?」
「ご自慢の中華5千年の文化を活かした言い訳を期待したが……期待はずれでしたよ。辻さん」
「手厳しいことで」

 辻は苦笑して首を横に振る。だがそんな辻の様子など気にもせず、嶋田は尋ねる。

「東南アジアの華僑達は?」
「自分達の財産や地位が保全されるのなら、我々に協力するそうです。ああ、それと北伐のような馬鹿げた考えは煽らないとも言っています」
「それも『当面は』が付くのでは?」
「ここ半世紀押さえられるなら、それで良いでしょう。それに今の華南連邦は寄せ集めで中央政府の統制力は強くない。付け入る隙は多い」

 華南連邦は日本にとって友好国であった。だが同時に仮想敵の一つでもあった。ゆえに夢幻会は対華南工作で手を抜くつもりはない。しかし『今』崩壊して もらっても困る。匙加減は必要だった。

「今回の一件は中華思想の狂人に押し付け、漢人でも中華思想を持たないなら『辛うじて』協力できると思われるように喧伝。同時に華北の人間を北の大地に 封じ込めるには華南の人間の一致団結が必要であるとの考えを浸透させれば、あの脆い国も持つでしょう。ああ、ここで内輪もめを起せば北の漢人と同類扱いされる と脅すのも効果的ですし」

 共産主義国家である北朝鮮に対する抑えとして韓国が後押しされたように、夢幻会は華南連邦を中華思想が蔓延する(と宣伝している)華北への抑えとする つもりであった。幸いにも汪兆銘は穏健路線であり、彼が政府首班である間に利害関係を強化し華南連邦を雁字搦めにして中国分断を確定するのは可能との 判断がその戦略の根底にあった。そして実際に華南連邦とその国民は己の生活を守るために日本の戦略に乗ることになり、分裂するインド、混迷する華北を 尻目に発展していくことになる。

「まぁ何はともあれ、大掃除を始めるとしましょう。日本に喧嘩を売ったら、どれだけ高い代価を払うことになるかを判らせてやらなければ」

 日本人を侮って喧嘩を売ったツケがどれだけ大きかったか……それを大陸の住人とその親族達は嫌と言う程思い知ることになる。




                 提督たちの憂鬱外伝 戦後編6




 嶋田が会談の席で述べたように、日本政府の発表を真実と判断した人間、特に旧アメリカ人たちは中国に対する敵意を爆発させた。

「嘘吐き野郎の裏切り者・チンクを吊るせ!」
「チンクを北米から叩きだせ!」

 カリフォルニア共和国を中心にした西海岸諸国では、反中機運が一気に高まり、サンフランシスコ、ロサンゼルスなどの主要都市でも反中デモが多発した。
 襲撃事件が起きていないのは、日本から事前に緊急発表の内容を知らされたカリフォルニア政府が警察を迅速に出動させたためであった。この出動が無ければ 多数の犠牲者が出ていただろう(少数であるが犠牲者は出ていた)。
 しかし警察官にとっても、裏切り者でさらに嘘吐き野郎を守ることに反発する者も居た。

「何で、あんな連中を守らないといけないんです」
「仕方ないだろう。一応、連中はカリフォルニア共和国の国民なんだから」

 パトカーの運転席で不満を漏らす若い警官を助手席の年配の警官が宥める。しかし年配の警官も心から中国系市民を守りたいとは思っていない。

「俺の知り合いの家族は、上海で皆殺しにされたんだ。上司の命令が無ければ、一人残らず撃ち殺してやるところだ」
「……」
「だが俺達は警官だ。上司が、政府の命令である以上は奴らを守ってやらなければならんのだ。どんなにクソッタレな連中でもだ」

 一方でカリフォルニア共和国政府は、中国系市民の安全を守るためと称して、強制収容所への収容を決定していた。
 福建共和国や華南連邦出身者以外の中国系市民は順次収容され、ひとまず旧ネバタ州の砂漠地帯に建設された強制収容所に送る準備を彼らは 淡々と進めた。中国系市民は例外を除いて、軍によって収容されていった。
 当然、収容される市民は猛反発したが、トラックに乗るように指示する陸軍兵士達が向ける銃口の前には沈黙するしかなかった。一部の人間が 反撃したが、それは逆に弾圧の口実を作るだけであった。

「収容所に送られなかったら、お前ら、市民達にリンチされていたんだぞ。むしろ感謝して欲しい位だ」

 兵士達は嫌悪と侮蔑と憎悪の視線を、中国系市民に浴びせていた。
 特に上海の惨劇を体験した旧連邦軍出身の将兵は『視線で人を殺せたら』とばかりに、凄まじい形相だった。中には怒りの余り、唇を噛み切って 血を流している者さえ居る。

「俺達はあんな連中を同盟国にして、あんな連中のために戦ったのか……あんな連中のために、仲間達は死んだのか! 俺は連中のために 戦っていたせいで、津波で行方不明になった家族を探すことさえ出来なかったんだぞ!!」

 旧連邦軍時代に鍛えられた自制力が無ければ、軍曹の階級章を付けた男は無差別に発砲していたかも知れない。
 いや無意識ではそれを望み、それを嗾けていた。しかし彼はそれを理性で押さえた。彼には仲間がおり迷惑は掛けられない。無差別発砲で無抵抗の 民間人を大量虐殺などすればカリフォルニア共和国陸軍の、いや旧アメリカ合衆国陸軍の名誉に傷が付く。

「ぐ……」

 しかし溢れかえる殺気は抑えきれない。だがそれは他の将兵も同様だった。
 老若男女関係無くトラックにまるで荷物のように放り込まれていく中国系市民は、周囲から浴びせられる強烈な殺気と多数の銃口に恐怖の表情を 浮かべるしかなかった。場の雰囲気を敏感に察したのか、幼子が次々に泣き叫ぶ。

((本国の馬鹿共のせいでこの始末だ!))

 彼らは本気で張学良を呪った。
 しかし彼らはまだマシだった。旧アメリカ合衆国領内において強制収容所に送られなかった中国系市民は、怒り狂った他の市民によってリンチされていた。 残念なことに福建共和国や華南連邦出身者も少なくない数の人間が巻き添えを受けた。
 彼らは「バカな華北政権の所為で、こうなった」と判断すると殊更に華北出身者を敵視するようになった。華北出身者は第二次満州事変について掘り返した 日本政府を批判し、続いて張学良は化外の民であり中華とは関係ないと主張したが、誤魔化しは効かなかった。

「満州は自国の領土と主張していたのは、どこの誰だ!」

 大陸で排外運動を見ていた男達はそう一喝した。華北出身者はそれでも弁明、或いは抗弁したがもはや聞く耳をもたれない。
 幾ら弁明しても、袖の下を通そうとしても今回ばかりは効果はなかった。中華民国出身者は徹底的に排斥されていき、残された財産は政府によって次々に 接収された。執務室で報告を受けたハーストは接収できた財産の目録を眺めてニヤリと笑った。

「連中から二束三文で買い叩いた財産は政府で有効に使わせて貰おう」

 ハーストは接収した財産を返すツモリはなかった。
 何しろ彼らは「世界の敵」なのだ。むしろ今の措置ですら甘いとさえ批判されている程であり、ここで連中の財産を保全したら暴動が起きかねない。 またハーストは接収した資産を共和国(或いは自分達)のために使うつもりでいた。

「しかし収容所に送った連中は最終的にどうされるおつもりで?」

 部下の質問に対して、ハーストは淡々と返す。

「議会や政府と話をする必要があるだろうが……私としては、一人残らず生まれ故郷に送り返すことを大統領に具申するつもりだ。ああ、少しなら残して おいても良いかも知れんな。東部風邪の治療薬の実験に使える。被験者は多いほうが良いだろうからな」

 非情のように聞こえるハーストの考えだったが、旧アメリカ合衆国領内では『甘い』と謗りを受けかねないものだった。

「日本人や福建人、華南人に被害が出ないように注意させろ。場合によっては彼らを軍を出動させても保護しなければならん」

 不満そうな顔をする部下を気にもせず、ハーストは窓の外を見る。

(しかしああも我が国の内情が知られていたとは……)

 ハーストやカリフォルニア財界の重鎮と言えども旧連邦の国家機密の全てを知っていた訳ではない。そしてワシントンDCと共に重要な情報は証拠もろとも 津波によって攫われていた。故に第二次満州事変について胡散臭いと彼らも思っていたが、まさかロングが真実を知っていて、 さらにそれを黙認していたことまでは把握できなかった。
 このため、詳しい事情を知ったカリフォルニア政財界は文字通りひっくり返ることになった。

(しかし対中戦争など論外。日本と協調して封じ込めを急がなければならないな。あとは防諜か……)

 そんなハーストの思いを他所に、政府の対応に不満を持つ市民は政府庁舎の前でデモを行って政府の軟弱な対応を批判していた。

「中華民国に然るべき報いを与えるべきだ!」
「チンク共に正義の鉄槌を!!」

 市民からすれば、中華民国は時の民主党政権(連邦政府)と共謀して自分達を騙して大戦争に引きずり込んだのに、負けそうになるとアメリカを背後から 撃った許しがたい怨敵だった。
 さらに彼らは上海虐殺を米軍の仕業と喧伝するなどやりたい放題であり、旧アメリカ人の名誉を徹底的に貶めた。さらに旧アメリカ人の有色人種が奴隷貿易で ソ連に輸出されているという情報がさらに怒りを煽っていた。

「あんな連中は一人残らず殲滅するべきだ!」

 そんな声が起こるのも当然だった。
  市民の間には中華に関わるものを排斥する動きさえ見られた。中国産とされる絵画や壷などの文化財は次々に打ち壊され、中華風の建物は放火されて炎上 するなどの被害が出ている。
 しかし一方で、中華民国の自作自演を知りながら開戦へとひた走った旧連邦政府への怒りも有頂天だった。

「何が正義の戦争だ! 無実の日本人を陥れて、俺達に戦争をさせるツモリだったのか!!」

 アメリカ人は何よりも『正義』を尊ぶ。
 そしてアメリカの精神的後継者であるカリフォルニア共和国の人間達からすれば、旧連邦政府の行いは愚行そのものであり、アメリカの精神を真っ向から 否定するものでしかない。

「旧連邦政府は、無神論者のアカと嘘吐きのチンクに唆されて、アメリカの精神を冒涜するような真似をしたから滅んだんだ」

 そんな話さえ出てくる始末であり、西部住人の旧東部住人に対する怒りと不信は留まるところを知らない。当然だが東部から流れてくる避難民を見る 目はさらに厳しくなった。西部の住民達からすれば東部の政府は『アメリカ風邪のような生物兵器を作っただけではなく、アメリカの正義を踏みにじる卑劣な行いを した許しがたい連中』なのだ。

「ロングの大馬鹿野郎!!」

 誰もが対日強硬政策を推し進めていたロングを呪った。或いは罵った。
 中でもハワイ沖海戦で多数の同僚と部下のパイロットを失ったカリフォルニア海軍大将・ハルゼーの怒りは凄まじかった。

「旧連邦も、卑怯者のチンク共も全員くたばれ!!」

 ハルゼーは海軍総司令部で顔を真っ赤にして激怒した。そして祖国のため、祖国の正義のために散って逝った若者達を思い力なく椅子に座って項垂れた。 ハワイから生還したフレッチャーも、憔悴し涙を流すハルゼーに掛ける言葉が無かった。

「彼らは、祖国のために死地に赴いたのだぞ……」

 ハルゼーの脳裏に浮かんだのはハワイ沖海戦だった。
 無い無い尽くしの中、米軍の搭乗員は最善を尽くした。質も量も圧倒している日本海軍の防空網を必死に突破しようとし……全滅に追い込まれたのだ。
 続けて起きた海戦では彼の同僚であり、開戦以来苦労を分かち合ったパイが日本海軍の追撃を諦めさせるためにその身を挺して戦って討ち死にした。米海軍は 破竹の勢いで進撃を続ける日本軍を少しでも食い止めようと、必死に戦った。祖国が津波によって半壊し、滅びつつあったにも関わらず、そこまで粘れた のは多くの将兵が祖国を思っていたからだ。だがその祖国が、途方も無い背信行為を働いていたというのだ。

「俺達は何のために戦っていたんだ?」

 日米戦争に従事した将兵の中に、そんな疑問を抱くのは当然だった。
 ただ、旧アメリカ合衆国政府を否定することで作られたカリフォルニア共和国政府にとって旧アメリカの醜聞は追い風でしかなかった。カリフォルニア共和国を 中心とした西海岸諸国は『悪』の旧アメリカ合衆国を否定することで、己の存在意義を明確にし、国民を団結させることが出来る。
 こうしてカリフォルニア共和国の国是は『反共』、『反連邦』、『反中国』となり、その国是を持って国民を纏めていくことになる。




 反中感情が爆発したのはアメリカだけではなかった。西欧諸国や南米などでも、中華民国や旧アメリカ合衆国の愚行に対して怒りの声が挙がった。
 何しろ西欧諸国は(自身の思惑もあったが)中華民国の悲痛な訴えを聞いて中華民国の肩を持ったのだ。しかしそれが実際には中華民国の自作自演であった となれば彼らの立場が無い。

「トンでもない連中だ!」

 そんな声が挙がるのは当然であり、それを察知できなかった情報機関では更迭される人間が相次いだ。
 さらにフランスなどでは「中国人お断り」などと書かれた店が多数現れ、在仏の華人の排斥運動さえ発生していた。

「嘘吐きの裏切り者は帰れ!」
「薄汚い黄色い猿を叩きだせ!」

 フランス人たちは躍進する日本を叩けないフラストレーションを、中国人にぶつけたのだ。そしてフランス政府もそれを押さえつけようとはしない。 何しろフランスは津波と第二次世界大恐慌、そして異常気象と立て続けに打撃を受けて国内は荒廃していた。加えて明らかに身の丈にあわない海軍力の 整備が復興を遅れさせていた。これによって溜め込まれた不満を何の批判もなく他所にぶつけられて発散できるなら、多少の死者が出ても問題なかった。
 本来なら復興が優先されるべきなのだがロシアの大地に足をとられ、反乱が多発する東欧に手を焼くドイツは欧州枢軸海軍の主力をフランスと イタリアに担わせていた。これが、今の時期にフランス海軍が拡張される理由だった。

「ドイツ海軍は象徴となる戦艦と空母がそれぞれ1隻〜2隻あればいい。あとは巡洋艦以下の艦艇と潜水艦の整備に力を入れよ」

 ヒトラーは海軍力の整備を進めるつもりだったが、Z計画のような途方も無い艦隊計画を進める気はなかった。彼は北米植民地航路の防衛と国の威信を 保つための戦力があればよいと判断していたのだ。実際問題、ドイツには陸軍と海軍を同時に整備する余裕は無い。このためヒトラーの指示は合理的な ものだった。またヒトラーはフランスとイタリアに海軍という金食い虫を整備させることで陸軍を弱体化させ、ドイツぬきに国防が成立しないように 仕向けるつもりだった。イタリアとフランスは盟友であったが、彼らが自立できる立場になればドイツの地位が相対的に下がってしまう。それは避けなければ ならない。
 このドイツの思惑もあってか、フランス海軍はサルベージし魔改造した元英国製戦艦2隻に加えて新型戦艦の建造計画を立てていた。
 また旧米海軍関係者を囲い、独自の空母を建造する計画も進めていた。日本から融通してもらった空母と艦載機で調子に乗っているライミーに一泡吹かせる べく、彼らは正規空母(それも基準排水量2万〜3万トン程度)の建造を考えていたのだ。
 正気を保っている人間はこの艦隊整備計画に反対したが、かつてイギリス海軍の卑劣な騙まし討ちにあった者達は聞く耳を持たない。日本海軍にやられた ように真っ向から叩き潰されるならまだ諦めも付く。しかし先日までの同盟国に騙まし討ちにされ、袋叩きにされたとなれば話は違う。

「ドイツ人の意図に乗ってやるのは癪に障るが、今はライミーへの復讐が先だ!」

 フランス海軍強硬派の高官達はそう言って憚らない。
 しかし経済に余裕がない、いや逼迫している時期に軍備を優先すれば必然的に犠牲になるのは、弱者であった。
 津波によって多大な被害を受けた地域の復興は等閑であった。最低限の支援こそするが、それ以外はなく多くの北部住人の生活は破壊されたままだった。
 沿岸部住民は第二の大西洋大津波に備えるために、防波堤などの建設を求めたのだが……フランス政府はこれを無視。逆に主要都市を除いた地域の住民を 強制的に移住させる計画を発表した。
 当たり前だが、この措置を聞いて激怒しない住民はいない。

「政府は俺達から故郷と生活の糧を奪う気か!」

 気性が荒いワイン農家は特に激怒した。
 政府側は自己責任で危険地域に残るなら移住は強制しないと言ったが、彼らは納まらない。彼らは各地でデモを行った。

「国民の生活と安全を守るのが政府の仕事だろう!」
「防波堤の建設を!」

 しかしドイツの影響もあって、政府の力を強めていたフランス政府はこの動きを鎮圧した。だがこれによって少なくない血が流れ、北部地域の 治安は悪化した。
 さらに北部、特に沿岸部は大西洋大津波のせいで、投資をするのはリスクが高すぎるとして資本の引き上げが相次いだ。欧州の資本家達は比較的 安全と思われる地中海沿岸へ投資を行うようになり、フランス政府の施策とも重なって、ますます北部の復興は遅れた。
 そんな状況であるが故に、フランス政府は反中感情を煽りたてて、国民の不満を逸らすのに尽力した。反英感情は強いが、あまり強すぎれば 軍備が整っていない間に開戦という流れになる可能性がある。そしてドイツは現段階での再戦は賛成していない。故に必要以上に反英は煽れないのだ。

「連中が攻撃されるなら問題ない。ただし日本人が誤って攻撃されるのは避けろ」
「それとカリフォルニア共和国に倣って連中の収容と資産接収を進めろ。接収した資産は北部住民を宥めるためには使える」

 フランス政府はそう指示を出した。
 ドイツの場合は、今や世界情勢から置いていかれている蒋介石とも関係を維持していたためにフランスほど露骨な真似は出来なかった。 しかし中国系への不信感は一気に高まった。
 その結果、ドイツ政府は日本が唱えたように、中華民国系の華僑の安全を守るためとして、彼らの支那大陸への送還を進めていくことになる。
 イギリスでは反中感情の爆発と同時に前政権であるハリファックス政権に対する怒りの声が挙がった。
 イギリス人からすれば、ハリファックスは後進国に過ぎない中華民国にまんまと騙されて、中華民国とアメリカの肩を持ち、先人達が営々と築き上げた 日英関係を破壊した上で大英帝国の対外信用を失墜させた史上最悪の宰相であった。

「やれやれ、あの馬鹿共(前政権)のせいでこのザマだ」

 ある酒場のマスターはそういってぼやく。
 戦前、戦中は大勢の日本人が訪れていた彼の酒場だったが、恥ずべき裏切り以降、日本人の客足は遠のいていた。来店が0ということ はなかったが、戦前ほど気さくな雰囲気はない。加えてイギリス人も戦禍と津波によって懐が厳しくなっており、客足は遠のくばかり だった。そんな中、彼の店で最も羽振りがいいのは皮肉なことに、高騰する日本国債、日本円や日本の株式を保有していた一部の資産家 達だった。彼らは今日も今日とて酒場に来て、次の儲け話に花を咲かせる。

「やはり日本企業だと、倉崎だな。技術力であそこに敵うところはない」
「いや堅実さを考慮すれば三菱だろう」
「それよりも日本国債のほうが確実な投資先だ。かの国は返済を滞らせたことはない」

 多くのロンドン市民とは対称的に、彼らは元気だった。
 そしてそんな彼らの多くは、BUFの後援者だった。

「やれやれマールバラ公の子孫が生きていたら、こうはならなかっただろうに」

 そう嘆息するマスターだったが、BOB末期においてはチャーチルのことを悪し様に罵っていた。だがそんなことなど彼はもう覚えていない。 いや覚えていたとしても、昔は昔と言っていただろう。彼らにとって彼らの生活を壊す政治家こそ悪なのだから。
 そんなマスターの内心など知る由も無く、最近の英国では珍しく懐が暖かい男達の酒盛りは続いた。
 しかしそんな男達もハリファックス政権、そして今の政治体制のこととなると手厳しい。

「あの無能宰相は敵と味方の区別もつかないようだ」
「やはりモズリーの言うように、新たな政治体制を目指すべきなのかも知れん」
「いや、そもそもチェンバレンが日本の忠告を聞いていれば、ここまで事態は悪化しなかっただろうに」

 景気の良い男達からさえ非難されるのだから、不景気な男達からはもっと非難されるのは当然だった。

「あの大馬鹿野郎め……」

 特に怨嗟の声を挙げていたのは戦前よりも遥かに国際情勢が悪化したにも関わらず、弱体な戦力で国土を守ることを余儀なくされた軍人達だった。 何しろ空軍は壊滅。陸軍も大陸での戦いでボロボロ。海軍は津波で中小の艦艇が大打撃を受けていたのだ。

「これでどうしろと?」

 軍人達は顔を引きつらせた。
 本来は「降参」と言って手を挙げたいところだが、国王陛下の手前、そのような無様な真似はできない。故に彼らは足掻くことになった。
英海軍は日本からは阿賀野型や松型駆逐艦、海防艦などを輸入して再建を進めた。しかし国力の低下によって代艦建造もない状態でR級を含む 旧式戦艦は悉くを解体せざるを得なかった。かつてビック7の一角を担ったネルソン、ロドニーなどは速やかに退役した(ただし解体された 戦艦から得られた砲は、ドーバー海峡の守りに付くことになっている)。
 この惨状に史実ではPOWと運命を共にしたフィリップス中将は、その惨状を大いに嘆いていた。

「かつて世界一を誇った王立海軍が、今や改KGV級(16インチ砲6門搭載)を含めてわずか4隻の戦艦しか保有できないとは……」

 数を減らした戦艦に替わるものとして期待されている新戦力の一つが空母機動部隊だった。

「ブリティッシュ・コロンビア(旧『ホーネット』)のおかげで、助かったな」

 第一海軍卿であるアンドリュー・カニンガムは海軍省で安堵した。
 ブリティッシュ・コロンビアと日本から輸入した烈風と九七式艦爆、九七式艦攻によってイギリス海軍の海洋航空戦力は大幅に強化できた。日本から すれば九七式はすでに旧式機なのだが、ソードフィッシュを未だに使い続けていたイギリス海軍からすれば、十分な能力を持っていた。
 イギリス軍人からすれば、自分達の弟子達から機材を購入せざるを得ないという状況に忸怩たる思いだったが、ここでプライドを優先するほど彼らは 愚かではなかった。
 久しぶりに機嫌が良いカニンガムに追従するように、他の軍人達も頷く。

「はい。イラストリアス、ビクトリアス、アークロイヤルと併せれば大きな戦果を期待できます」

 しかしその直後に幕僚の一人が不満そうに言う。

「フォーミダブルが加われば、さらに心強かったのですが……」

 これを聞いた男達は顔を顰めたり、逸らしたりするものの……同意するように頷く。カニンガムさえ否定は出来なかった。しかし政府を批判しても 意味が無いことは理解していた。

「……仕方ないだろう。軍人は与えられた戦力でベストを尽くすのが仕事だ」

 イギリス海軍は日本海軍が空母を集中運用して大きな戦果を挙げたのを見て、空母機動部隊の編成に踏み切った。
 英国製空母3隻、旧アメリカ製空母1隻の4隻からなる英海軍の切り札が創設されたのだ。本来なら幕僚達の言うようにフォーミダブルも加えた かったのだが、今の英国には将来性の無い空母を維持する余裕が無かった。いや、それ以前に空母に載せる艦載機も不足していた。何故なら英国は空母機動部隊の 整備よりも空軍の再建に重きを置いていたのだ。
 故に彼らは空母機動部隊以外の新たなカードを用意していた。

「あとは重雷装艦整備計画か。まさか、ここでも日本海軍の真似をすることになるとは」

 カニンガムは苦笑した。
 ハワイ沖海戦で大戦果を挙げた北上、大井を参考にした重雷装艦を整備することは有効と判断されていたのだ。 だが唯でさえ巡洋艦が足りないため、旧式艦であっても艦隊決戦のためだけの艦である重雷装艦に改装することは出来なかった。 故に英国海軍は高速敷設艦として計画されたアブディール級に白羽の矢を立てたのだ。

「アリアドニ級重雷装艦か。日本から高い金で買った酸素魚雷と組み合わせればかなりの効果が期待できるな」 「ドイツ海軍はまだまともなレーダーがありません。十分に使えるでしょう」
「日本が建造した島風型駆逐艦があれば、もっとよかったのですが」
「艦隊型駆逐艦はそうそう彼らも譲るまい。秋月型でさえ売却には消極的なのだ。今はこれで凌ぐしかない」

 カニンガムはそういって部下を宥める。

「あとは魚雷艇の整備だ。酸素魚雷は取り扱いが難しいが、従来の魚雷よりは強力だ。うまく使えば決戦時に主力を援護できるだろう。本来なら空軍の 支援も欲しいところだが……」

 BOBで壊滅した空軍は富嶽を迎撃できる機体の開発と並行して、戦闘機の増産と航空隊の再編を必死に進めた。しかしそれでも尚、数は足りなかった。 日本から輸入した飛燕や烈風で穴を埋めても、厳しいのが現状だった。軍需企業は津波と第二次世界恐慌の混乱で大きな打撃を受けていた。またBOB時には 部品や燃料を輸出していたアメリカが崩壊したこともあって、生産数は低下していた。
 このような末期の状況だと、同盟国の援軍を期待したいところだが……長年の同盟国は、先の祖国の裏切りによって現状では精々『中立』という有様だった。
 故にこの時期の英国軍では様々なユニークな兵器が考案、開発された。沿岸防衛のために砲台整備に加えて、震洋もどき(脱出装置は完備)、大量のパンジャンドラムが 配備された。そして欧州枢軸軍の上陸に備え対小型艇用障害物、それも史実世界では採用されることのなかった氷山空母の素材だった『パイクリート』を利用した物の 開発さえ進めていた。金も無ければ、物資も無いという状況での苦肉の策だった。
 勿論、後世において計画の内容を知った転生者は一様に絶句した。

「パンジャンドラムに、特攻兵器に、重雷装艦に、氷山空母……何のネタだ?」

 史実では役に立たなかった、或いは活躍しなかった兵器とその技術がイギリス本土防衛の切り札とされているのだ。冗談にも程があった。
 無論のことだが、イギリスは別にネタ兵器ばかり作っていたわけではない。日本から輸入した飛燕にグリフォンエンジンを搭載した機体を作ったり、英国版メルカバと 言える様な戦車を開発したりと地道な努力も怠っていない。乏しい予算の中、何とか日本に追いつこうと核開発にも手をつけていた。
 しかし、それでもイギリスの性のなせる業なのか、個性的な兵器が目立ってしまう。何しろ海軍の一部では航空戦艦の整備さえ検討された程なのだ。

「いい加減、正気に戻れと言ってやるべきか?」

 嶋田が冷や汗を流して、半ば本気でそう思ってしまったほどなのだから、英国軍の狂乱振りと末期的状態が判る。
 確かにこの時期の英国軍人は正気を失っていたかも知れない。だが本人達は至って大真面目であった。いや、常軌を逸しなければこんな末期状態を乗り切れな かったのかも知れない。そんな彼らの共通認識は一つだった。

「中国人の言うことを『あの野郎』が信じたせいでこの有様だ」

 全方位から無能と誹りを受けるハリファックスだったが、彼はそれに耐えた。彼は自分の失敗がどれほどの苦行を祖国に課しているかよく理解していた。 故に彼は自分の後を継いだイーデン達に累が及ばないように、全ての責任を背負い込んだ。

「当時の決定は全て私の責任で行った」

 ハリファックスはそう言って、罵声にも、冷たい視線にもひたすら耐えた。
 そしてハリファックスが泥を被ったおかげで少しは風当たりが緩んだイーデン政権は、ハリファックス前首相と華北出身者をスケープゴートにしつつ、華南連邦の 安定に全力を傾けていた。何しろ華南連邦が崩れたら洒落にならない事態に陥るのだ。
 英国はすでに維持するだけ損となっているインドに見切りをつけて、人員を華南連邦に割り振りつつあった。
 だが華南連邦に人員を割り当てて、その間にインドが崩れたら堪らない。
 故にイギリス政府は枢軸の本丸であるドイツ、そしてドイツの頂点であるヒトラーに直談判を行った。

「インド問題が必要以上に拗れれば、我が国へ悪影響を齎すだけではなく、貴国と日本との関係にも罅が入ります」

 イギリス側はそう主張した。さらにインド問題の影響が広がり、イギリスでドイツに屈服することを是とする機運が広まれば、日本をさらに刺激し、今の均衡状態が 崩れて次の大戦への呼び水になるともヒトラーに訴えた。
 さすがのヒトラーも核兵器開発も富嶽対策も出来ていない『今の状況』でインド問題が必要以上に拗れることで、第三次世界大戦の引き金を引くのは躊躇われた。 そしてそんなヒトラーの思惑を掴んだイギリス側は『インド放棄』を日英が同意していることを明らかにした。

「我々は穏便にインドを譲る用意があります」

 これまで大英帝国の心臓を担ってきたインドを無血で手に入れる……それはドイツにとって大きな成果だった。
 さらに日本の目論見を粉砕する形でインドを自国陣営に加えられるというのは、これまで日本によって散々に痛い目に合わされてきたドイツ人からすれば 溜飲が下がる大戦果だった。
 ヒトラーもこの成果を前に頷かざるを得ず、枢軸による対インド工作(特にフランスが精力的に進めている物)は停止されることになる。
 だがイギリス側はそのままインドを譲るつもりはなかった。日本と共同で資本や人材の引き上げを図る一方、紳士の嗜みとして、欧州枢軸の人間が涙を流すような 素敵な置き土産を用意するつもりだった。
 さらに日本と協力して、インドを揺さぶってくれた報復もきっちり行うことを決意していた。

「イギリス人の執念を甘く見るなよ、伍長」

 イギリス政府関係者はそう嘯いた。
 日本を中心にした列強による中華民国の弾劾、そして中華の排斥が進められる一方で、世界は次の戦いへ向けて着々と準備を進めていった。







 あとがき
提督たちの憂鬱外伝戦後編6をお送りしました。
中華民国系の方々はまとめて大陸に強制送還になりそうです。
ついでに日本国内の親中派は息の根を止めることでしょう(笑)。日中友好なんて半世紀は言われないかも知れません。
欧州は憂さ晴らしに中華民国を容赦なく叩くでしょう。まぁ殲滅されないだけマシといった有様でしょうか。
北京政府は世界中から送り返されてくる人間を管理させるためだけに存続を許されることになります。
真空パックの封の役割といったところでしょうか。
『列強(特に日本)の同意なしに北京政府を滅ぼした場合、中華民国の後継者としてその役目を継承させられる』と言えば他の軍閥も 北京を容易に攻撃できないでしょうし(邪笑)。
さて、これによって華北の分裂と華南連邦の安定化が進みます。次のステージに向けた下準備は着々と進みます。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
提督たちの憂鬱外伝戦後編7でお会いしましょう。



 今回採用させて頂いた兵器のスペックです。

アリアドニ級重雷装艦
基準排水量 2,900t
全長 127m
全幅 12m
機関 アドミラルティー式重油専焼三胴型水管缶6基
   +パーソンズ式ギヤード・タービン2基2軸推進
馬力 72,000馬力
速度 36ノット
航続力 15ノット/4,600海里
主武装 アームストロング Mark XVI 10.2 cm(45口径)連装高角砲2基
    ボフォース 4cm(56口径)連装機関砲2基
    61cm5連装魚雷発射管 3基
同型艦 アポロ




大英帝国海軍 改KGV型戦艦
基準排水量:38,000t
船体規模:227.1×31.4m
機関構成:海軍式三胴型重油専焼水管缶8基 パーソンズ式オールギアードタービン 4基4軸 110,000馬力
最大速力:29.5kt
航続距離:10kt/7000浬
兵装
45口径40.6cm砲Mk2 3連装2基
45口径11.4cm両用砲Mk4  2連装9基
ポムポム砲         8連装16基
装甲
垂直装甲:374mm
水平装甲:弾薬庫 149mm、機関部124mm
砲塔装甲:前循374mm、天蓋149mm




「秋月」型駆逐艦(乙型駆逐艦)
基準排水量:2,200t
全長:127m 全幅:11.5m
機関:2基2軸40,000hp 最大速力:32.5kt  航続性能:18kt/5,000浬
60口径12.7cm自動砲 単装2基(前後1基づつ)
61cm魚雷発射管 5連装1基(酸素魚雷、次発装填無し)
76mm速射砲 2連装2基(中心線上配置)
20mm回転弾倉式機銃 単装8基
375mm対潜ロケット砲 4連装2基



「島風」型超甲駆逐艦
基準排水量:4,500t
全長:165.8m 全幅:14.5m
機関:2基2軸80,000hp 最大速力:36kt  航続性能:18kt/8,000浬
45口径12.7cm両用砲  2連装 4基
61cm魚雷発射管    5連装 2基(酸素魚雷、急速次発装填装置)
40mm機関砲 4連装 4基、2連装2基
20mm機関砲      単装12基
375mm対潜ロケット砲  4連装 2基