「キンメル提督。これは一体、どういうことだ?!」


 真珠湾への大規模な夜間空爆、そしてそれによる被害を知らされたガーナーは激怒し、海軍の最高責任者

であるキンメルを呼びつけて厳しい口調で詰問した。


「ミッドウェーを放棄して真珠湾に兵力を集中させておいて、こうも日本軍にいいようにやられるとは 

 海軍はどうなっているのだ?!」


 この叱責にキンメルは何も反論することが出来なかった。何しろ真珠湾に来襲したとされる日本軍機に

よって真珠湾は大打撃を被っただけではなく、日本軍爆撃機の大半にむざむざと逃げられたのだ。

 日本軍機の大半を撃墜できたのなら、まだ言い訳もできるが、この状況で彼に出来るのは、ガーナーに

海軍の不手際を詫びることだけだった。

 ガーナーは大統領執務室の外にまで聞こえるほどの大声でさらに怒鳴り散らしたあと、若干冷静さを

取り戻したのか、キンメルに詳しい戦況を尋ねる。


「真珠湾に大打撃を受けたことを、これ以上言っても仕方あるまい。それよりも問題は真珠湾に接近中の

 日本艦隊だ。もしも奴らの阻止に失敗すれば、真珠湾は火の海になるぞ」

「現在の報告では、真珠湾に接近しているのは空母11隻、戦艦12隻を中心とした日本海軍主力部隊です。

 太平洋艦隊司令部はこれに対抗するために太平洋艦隊の全力出撃を行いました」

「全力といっても空母は数で劣っている。戦艦や巡洋艦以下の艦艇なら何とか拮抗するが……それで勝てるのか?」

「ハワイの航空基地が全力で支援します」

「だがそのハワイの航空隊も、先の空襲で手酷い打撃を受けているはずだ。持ち堪えられるのか?」


 当初、米海軍は戦艦部隊を囮にし直進してくる日本艦隊の攻撃を吸引。その隙を突くことを計画していた。

 しかし囮部隊を支援する筈のハワイ航空隊が大打撃を被ったことから、下手に兵力を分散させれば各個撃破される

懸念が出てきた。さらに言えば、仮に真珠湾が再度空爆されて大打撃を受ければ、その再建は困難だった。

 いつもの米国なら半年でもあれば修復できるだろう。しかし現在の米国の力では破壊された真珠湾を元に戻すの

は不可能に近い。何しろ真珠湾と太平洋艦隊を維持するだけでも四苦八苦しているのだ。

 そんな状態で真珠湾が日本空母部隊によって叩かれれば、太平洋艦隊は西海岸にまで後退せざるを得なくなる。

 勿論、太平洋艦隊が日本艦隊を完全撃滅できるなら真珠湾を捨石としても惜しくは無いだろう。だが現状では

そんな見込みはなかった。日本艦隊がただでさえ強力な上に、ミッドウェーに展開した日本軍航空隊も決して

無視できるような存在ではないことが明らかになったからだ。


「……パイ大将は戦艦部隊を囮にする作戦を放棄し、ハワイの残存航空兵力と共に全力攻撃を仕掛けることに

 したようです」

「では戦艦はどうするつもりだ?」

「空母部隊の前衛とします。日本艦隊の空母部隊を痛打した後に、戦艦部隊を追撃させて水上砲戦を挑むとのことです」

「水上砲戦か。勝算はあるのか?」

「戦艦の数では劣りますが質的には我が方が有利です。またハワイは我々海軍の庭先。砲戦となれば勝ち目はあります」


 キンメルが言ったとおり、太平洋艦隊の戦艦は11隻に過ぎないが、そのうち9隻が16インチ砲搭載戦艦であった。

これに対して日本艦隊で16インチ砲を搭載しているのは長門型2隻と伊吹型2隻の4隻に過ぎないのだ。

 水上砲戦に持ち込めれば勝ち目はある、とキンメルが主張するのも無理は無かった。


「確かに状況は芳しくありませんが、勝算はあります」


 開戦以降の連戦連敗によって国内に広がる動揺を抑えるには、勝利するしかなかった。ハワイ沖で敗北するようなことが

あれば、これまで米軍が築き上げてきた信用と信頼が失墜しかねない。


(さらに日本と講和するにしても、日本海軍に対して何らかの形で一矢報いておかなければならない。講和を少しでも

 有利にするためにも。そして……海軍の名誉のためにも)


 日本と講和をするにしても、何らかの交渉材料が居る。本国が崩壊寸前にも関わらず、米海軍が侮りがたい戦力を未だに

保持していることを明らかに出来れば、日本もそうそう無理難題は言えないだろう、とキンメルは思っていた。

 さらに言えば彼らが今から日本海軍と戦うのは、自分達の庭先であるハワイ沖。しかも相手は日本本土から遠征してきた

艦隊だ。ここで善戦できなければ海軍軍人の面子に関わる問題になるだろう。


(頼むぞ、パイ大将)


 しかしキンメルは知らなかった。彼ら米海軍にとって決戦と考えているこの戦いを、日本海軍は前哨戦としか考えて

いなかったことを。










        提督たちの憂鬱  第40話














 ミッドウェーから出航した日本海軍第1艦隊、第3艦隊はハワイに向けて直進していた。

 米海軍の一大拠点であるハワイへ向かっているとあって、両艦隊の兵士達は緊張した面持ちであった。

 だが、この作戦の目的がハワイに展開する米航空戦力の漸減でしかないことを知っている第1艦隊首脳陣

は複雑な思いを抱いていた。

 これまで日本海軍は航空部隊や水雷戦隊、さらに潜水艦の整備を大々的に推し進めていた。未来知識から

これらの戦力が海軍の基幹となるのは明らかだったからだ。

 しかし戦艦派にとっては、それは理屈で判っていても面白くないことだった。何しろ曲がりなりにも戦艦は

海軍の象徴であり、国家の国威を示すものであった。そして何より彼らは自分達の仕事にプライドを持っていた。

 そんな彼らにとっては、今回のようにただ空母の盾となって戦えというのは不満が残るものだった。しかしかと

言って砲戦になった場合は勝ち目が薄かった。戦艦の数こそ勝っているが米軍は16インチ砲戦艦を9隻も持って

いるのに対して、日本側で対抗可能なのが僅か4隻。しかもうち2隻は41cm砲6門しか持っていない。


「扶桑型や伊勢型を41cm砲に換装できていれば……」


 戦艦派はそういって一様に悔しがる。伊勢型、扶桑型は理論上は12門の36cm砲を41cm砲8門に換装する

ことができたのだが、予算の問題、そして列強の目を気にする上層部によって常識的な改装しか行われなかったのだ。

 さらに開戦以来、第1艦隊の水上部隊に目立った戦果がないことも不満と不安を煽っていた。何しろ開戦してから

活躍しているのは空母と潜水艦、そして基地航空隊。おかげで水上部隊、特に第1艦隊の肩身は狭かった。

 空母閥とも言うべき派閥の中の過激派は、戦艦なんぞ旧時代の遺物であり、全廃して空母に置き換えるべきだなどと

主張して憚らない。故に彼らは何とか活躍の機会が欲しかったのだ。

 勿論、この戦いで航空機を戦艦が散々に撃ち落すことが出来れば、戦艦だってまだまだ戦えることを主張できるだろう

が、やはり海軍軍人、それも砲戦畑を歩んできた人間からすれば、物足りないものがあった。

 艦隊に燻る不満をある程度察していた第1艦隊司令長官・高須四郎中将は内心でため息を漏らした。


(やれやれ……神大佐の作戦は確かに合理的だが、単に盾となるだけではな)


 高須自身、空母とのその艦載機の重要性を理解していたが、やはり第3艦隊の盾となるだけというのは不満があった。

 何しろ、彼のの指揮下にある第1艦隊には日本海軍の戦艦の半数がいるのだ。その第1艦隊の編成は以下の通りだ。


 第1艦隊
  第1戦隊〔長門、陸奥〕
  第2戦隊〔伊勢、日向、扶桑、山城〕
  第6戦隊〔青葉、衣笠、加古、古鷹〕
  第13戦隊〔大井、北上〕
  第1水雷戦隊〔米代、駆逐艦16隻〕
  第5機動戦隊
   第5航空戦隊〔隼鷹、飛鷹〕
   第5戦隊〔愛宕、高雄、摩耶〕
   第5防空戦隊〔球磨、駆逐艦16隻〕


 このように第1艦隊は戦艦6隻、準正規空母2隻、重巡洋艦7隻、軽巡洋艦4隻、駆逐艦32隻の合計51隻から

構成されている。空母の数こそ少ないものの十二分に強力な艦隊と言えた。故に第3艦隊の盾に使えると判断したのだ。


(まぁ仕方あるまい。今は目の前の仕事をこなすことに集中させよう)


 ぼやきながらも、高須は己の仕事に取り掛かった。

 高須がぼやいている頃、真打にして主力艦隊である第3艦隊は盛んに偵察機を飛ばして索敵を実施していた。

 その第3艦隊の編成は以下の通りだ。


第3艦隊
 第1機動戦隊
  第1航空戦隊〔天城、赤城、祥鳳〕
  第3戦隊〔金剛、榛名〕
  第7戦隊〔妙高、最上、三隈〕
  第1防空戦隊〔那珂、駆逐艦12隻〕
 第2機動戦隊
  第2航空戦隊〔蒼龍、飛龍、龍鳳〕
  第4戦隊〔比叡、霧島〕
  第8戦隊〔羽黒、熊野、鈴谷〕
  第2防空戦隊〔神通、駆逐艦12隻〕
 第3機動戦隊
  第3航空戦隊〔翔鶴、瑞鶴、瑞鳳〕
  第11戦隊〔伊吹、鞍馬〕
  第9戦隊〔那智、利根、筑摩〕
  第3防空戦隊〔川内、駆逐艦12隻〕


 この第3艦隊を率いる小沢中将は第6艦隊の潜水艦も動員して、米海軍の動向を探っていた。

 確かにこの作戦は敵の航空兵力をおびき寄せて漸減することだが、敵の位置を掴んでおくことは必須だった。

何しろまともに水上砲戦をするわけにはいかなかった。故にある程度、敵との距離をとる必要があった。

 しかしながら司令長官の小沢中将は別に距離をとるためだけに索敵をするつもりはなかった。彼は隙あらば

米艦隊に対して反撃をするつもりだった。この作戦は敵航空兵力をおびき寄せて漸減するのが目的だが、反撃が

禁じられている訳ではない。現在搭載している流星は50機にも満たないが、それでも攻撃できないことはない。

さらに烈風には1.5トンもの爆装が可能であった。元艦爆乗りの搭乗員が乗った烈風なら戦果も期待できる。


「太平洋艦隊を撃滅することは無理だが、空母だけでも潰しておきたいものだ」


 小沢中将の言葉に幕僚達は頷いた。

 アメリカ海軍に残された空母はエンタープライズ、ホーネット、レキシントン、サラトガ、ワスプの5隻。

 このうち、ホーネットはドック入りしている。軍令部は迎撃に出てくる空母は3〜4隻と見做していた。

この作戦では、迎撃に出てくる3、4隻の空母の艦載機とハワイ基地航空隊を殲滅することになっていた。何しろ

飛行機の乗っていない空母など輸送船と変わらないからだ。

 かといって第3艦隊の人間は敵航空隊の殲滅だけで済ませるつもりはなかった。勿論、作戦通り敵航空隊をおびき

寄せて殲滅するつもりでいたが、敵の攻撃が弱まった時点で反撃し米空母を撃沈、もしくは撃破するつもりだった。

 何しろ米軍が体制を建て直し、艦載機を補充してくる可能性が無いとは言えない。ハワイ作戦でのリスクを減らすため

には可能な限り米空母を撃沈、撃破することは必要、そう小沢は考えていた。

 かくして戦意に燃える第3艦隊と微妙な心境の第1艦隊はハワイに向かう。

 一方、接近する日本艦隊を迎え撃つアメリカ海軍太平洋艦隊は、作戦を変更し、最初の一撃にかける方針を執った。

 太平洋艦隊主力はハワイ北方ではなく、ハワイ東方に進出。潜水艦隊とハワイ航空隊と共同で濃密な索敵網を展開し

先制攻撃を仕掛けることにしたのだ。

 パイ大将率いる戦艦部隊は空母部隊の前に出て、空母の盾となると同時に、日本艦隊が撤退した際の追撃戦に備える

ことになった。


「これ以上、日本軍の侵攻を放置しておくことは出来ない。何としてもここで止めるのだ!」


 パイは部下達を鼓舞する。何しろもう米海軍には後が無い。ここで敗れたならば次は本土決戦となる。

 津波で東海岸が壊滅する前なら、西海岸が戦場になっても合衆国は戦えただろう。しかしながら現状で西海岸が戦場に

なるようなことになれば、アメリカは致命的な打撃を受ける。

 何せ東海岸の主要都市は津波で消滅。東部内陸州には疫病が広がり、経済はマヒ状態。ここで健在な西海岸の主要都市

が灰燼に帰すようなことがあればアメリカの復興は絶望的となってしまう。

 いや、それどころか連邦政府は頼りにならないとして、各州が連邦からの離脱を決意しかねない。そうなればアメリカは

崩壊してしまう。

 太平洋艦隊将兵の双肩にアメリカの命運が掛かっていると言っても良かった。

 しかしながら津波による被災によって壊滅した東部出身者は、士気が低かった。さらに東部州とその他の州の出身者との

間の諍いも多発しており、チームワークは乱れていた。このうえ、津波以降の訓練不足による練度の低下は深刻であった。


「ジュノーが遅れています!」


 第5任務部隊旗艦ノースカロライナの艦橋で、その報告を受け取ったハルゼーは慌てて軽巡洋艦ジュノーのほうを

双眼鏡で見る。そこには艦隊機動から遅れるジュノーの姿があった。


「ジュノーは何をやっている?!」


 思わず癇癪を起こしかけるハルゼーであったが、原因がわかっているために何とか自重した。


(こんな状態で戦えるのか?)


 闘将ハルゼーをもってしても、今の艦隊の状況で満足に戦えるとは思えなかった。

 今の太平洋艦隊は何もかも不足していた。正面兵力、物資、練度、士気、そして将兵の団結。戦うために必要なもの

が何一つ揃っていない。

 出撃前からある程度はわかっていたが、まさか敵を目前にしてもこんな体たらくになるとは思わなかった。

 現在の状況で軍として統制を維持できていることだけでも、太平洋艦隊首脳部の手腕は褒められてしかるべきなのだが

日本海軍との決戦に臨むとなれば、現在の状況は問題だらけであった。


(こうなれば、何としても先にジャップの艦隊を見つけて、一撃でケリをつけなければ)


 航空戦は先に見つけたほうが有利だ。いくら日本の航空隊が強力でも、空母の飛行甲板を叩けば単なる置物と

変わらないのだ。

 だがハルゼーにも不安はあった。何しろ先の真珠湾空襲では、味方の航空機の無線が撹乱され使い物にならなかった。

 もしも日本軍が同じことをしてくれば連携がとれず、一方的に撃破されることもあり得る。


(航空機の質だけではなく、他の戦術面でも連中のほうが一枚、いやそれより上か)


 航空戦のプロを自認する彼にとって、イエローモンキーである日本人に、こうも遅れをとっているという事実は

屈辱であった。さらにこのような重要情報を事前に掴めなかった戦前の情報部の無能を呪った。


(事前にわかっていれば、対処のしようもあったものを!! いやそもそも津波さえ無ければ!!)


 米軍の情報の分析能力、そして分析した結果をフィードバックする能力は非常に高かった。その学習能力の高さを

夢幻会は心底恐れたのだ。幾ら未来知識をもとにした高度な戦術や高性能兵器を駆使しても米軍がそれを解析し、対処

方法を確立すれば目も当てられない。さらにその学習能力の高さと持ち前の圧倒的生産力が結びつけばどうなるかは

火を見るより明らかだった。

 夢幻会の必死の努力で日本の国力も強化されているが、太平洋と大陸の双方に戦線を抱え、さらに何時敵に回るか

判らないソ連、イギリスを警戒し続けることなど出来ない。最後には押し切られる。それが判っているからこそ夢幻会は

人類史上、前例がない外道作戦である衝号作戦を実施したのだ。

 引き起こされた津波はアメリカを半身不随とした。アメリカ軍人たちは自分達の不幸を呪ったが、その不幸は彼らの

持つ力が強大だったために引き起こされたことを、彼らは知る由も無かった。








 パイやハルゼーなどの米海軍諸提督の願いどおり、アメリカ海軍は日本艦隊を捕捉することに成功した。

 ガトー級潜水艦5番艦グラニオンがハワイに向けて東進する日本艦隊を発見し、司令部に通報したからだ。


「空母2隻を含む日本艦隊は、ハワイ北東400マイル(約740キロ)の位置にいるか……」

「司令、これは恐らく先日報告された戦艦部隊なのでは?」


 参謀長ロバート・カーニーの意見にハルゼーは頷いた。


「だろうな。こいつらの近く、いや恐らく後方に、オザワタスクフォースが居るだろう」


 今の米艦隊は日本艦隊の南東320マイルに居た。攻撃隊が届かないことはないが、若干距離があった。

しかしただでさえ劣勢である状況下で、グズグズしている余裕は無かった。


「攻撃隊を出すぞ。必要最低限の直掩機を残して全部出す」


 ハルゼーは最初の一撃に全てをかけるつもりだった。

 ハルゼーの意見に参謀長のロバート・カーニーは頷いた。何しろ日本軍航空隊の実力は、米軍を凌駕している

と言ってよかった。下手に逐次投入しては各個撃破の的になる。

 戦闘機についても最低限の直掩機を除いて全て出しても、ハワイの航空隊の支援がある程度期待できるために

問題はないとハルゼーは判断した。


「了解しました。ハワイの航空隊にも出撃要請を出しておきます」

「頼む」


 1月19日、午前8時12分、第5任務部隊、第7任務部隊の空母3隻からは200機ほどの攻撃隊が出撃した。

 一方のハワイ諸島からは、先の夜間空襲で被害を免れた基地から攻撃隊が次々に発進した。米軍は動ける機体を

洗いざらい投入した。比較的足の長いP−38、それにB−17、B−24、B−25を中心とした爆撃機が続々と

ハワイから出撃していく。その数、実に200機。それは後先を考えない全力出撃であった。

 戦艦サウスダコダの艦橋で、攻撃隊発進の報告を受けたパイは先手を打てたことにまず安堵した。


「合計400機もの航空機による先制攻撃だ。さすがの日本軍も無傷では済まない筈だ」


 パイは戦果次第では、第1、第2任務部隊による追撃を行うとして、幕僚達に準備を命じた。


「空母と飛行機では劣勢だが、戦艦や巡洋艦では我が方が有利だ。航空戦さえ凌げば、勝算はある」


 大砲屋であるパイとしては、水上砲戦になれば自信があった。

 ミッドウェーの航空隊が邪魔してくることも考えられたが、所詮は陸上爆撃機に過ぎないし、ミッドウェー島の

飛行場の規模からすれば出てこれる数はたかが知れている。


(日本の空母さえ叩いてしまえば、何とかなる。いや、何とかするのだ)


 そんなことをパイが考えている時、敵機発見の報告が齎される。


「連中もこちらを見つけたか」


 苦々しい顔をするパイであったが、すでに攻撃隊の発艦が終った直後だったので、精神的な余裕があった。


「すぐに追い払え。それと対空警戒を厳にしろ。ジャップが来るぞ」


 だが彼らはいつまで経っても現れることはなかった。その意味を彼らは後に思い知ることになる。

 敵艦隊発見の報告、そして米軍がすでに航空隊の発進を終えたことを知った第3艦隊は電探による警戒を

開始すると同時に、直掩機を次々と上げ始めた。前衛の第1艦隊も臨戦態勢に入る。


「いよいよだな」


 薄暗い空母赤城のCICで、小沢中将は呟いた。この言葉に参謀長の草鹿龍之介少将が同意する。


「はい。ですが良い機会です。帝国海軍が長らく研究し、磨き上げてきた防空能力の恐ろしさ、連中に

 いえ世界中に見せ付けることが出来ます」


 夢幻会派にして逆行者である草鹿少将は、日本海軍の防空能力向上に努めてきた人物だった。史実で米軍機の

跳梁跋扈を許したのがよほど気に食わなかったのか、米軍の防空戦闘を研究し、同じ失敗がないように注力して

きた。故に艦隊の防空網には絶対の自信があった。嶋田が築いた艦隊防空能力をさらに強化したのは他ならぬ

草鹿少将であった。

 しかし、本人はわざわざ米軍と戦いたいと思ったことはなかったが……。


(よりにもよって史実米軍の戦術をもとにした戦術で、この世界の米軍と戦うことになるとは思わなかった)


 あくまでも彼は枢軸軍との戦いに備えて防空網を整備していた。米軍と戦うことも想定していたが、宥和政策を

とっているこの世界で、米軍と戦うことになるとは夢にも思っていなかった。

 一応前世が軍オタであった草鹿であったが、別に米国に対して恨みはなかった。むしろ前世の影響で米国に対して

淡い憧れを抱いていたのだ。さらに言えば彼はSFマニアでもあり、この津波によってアメリカが滅亡するような

ことがあれば、SF文化が停滞してしまうのではないかと心配していた。


(SF御三家が全滅なんかしていたら、SFが停滞する。SFが『少し不思議な話』になったら私は泣くぞ。

 燃えや萌えを主張する連中にも、少しはSF文化の重要性というのを理解して欲しいものだ)


 さらに彼は対米戦争を継続する夢幻会の方針に不満を抱いていた。


(こんなにボロボロになった米国と戦うよりも、和平を持ちかけて恩を売ったほうが良いのでは?

 正直言って、中国人よりもアメリカ人のほうがまだ信用できるぞ)


 そう思いつつも、彼は己の仕事に手を抜かない。何しろ手を抜けば、その代価として自分の命を支払うことになる。

 いやそれどころか、多くの部下や同僚達も巻き込むことになる。それは避けなければならない。


(アメリカ人達には悪いが、手は抜けん)


 そう内心で呟くと、草鹿はCICの一角に設けられた迎撃専用の区画を見た。

 そこでは草鹿が直々に発掘してきた人材たちがFDO、戦闘誘導将校として迎撃戦の準備に追われていた。


(バトルオブブリテンの英空軍のFDO達を上回る技量を持った人材たちだ。これに400機を越える烈風と高性能電探と

 VT信管を組み合わせれば何とかなる。あとは反撃に転じられるかどうかだな)


 草鹿がそんなことを思っていた時、CICの戦術情報士が声を上げる。


「第1艦隊から入電。敵機6、方位11より接近」

「来たか」


 第1艦隊は第3艦隊の前に出ているが、そんなに距離が離れているわけではない。第3艦隊の戦闘機隊が両艦隊を同時に

直掩できるように配置されている。逆に言うなら、先行している第1艦隊が敵機を探知したということは敵機が迫っている

証拠に他ならない。

 草鹿はつばを飲み込むと、小沢のほうを見た。小沢は特に動揺した様子も無く言う。


「やりたまえ」


 この言葉を切っ掛けに、ハワイ沖海戦の火蓋は切って落とされた。







 第1艦隊、第3艦隊が手薬煉を引いて待ち構えていることを知る由も無い米攻撃隊は、前衛である第1艦隊に

迫っていた。


「どこから来る?」


 ジョン・サッチ少佐は乗機のF4Fのコックピットから空を見渡し、周囲の様子を探った。

 これまでの調査から日本軍がレーダーを配備していることは判っていた。日本艦隊の位置から考えれば攻撃隊は

日本軍のレーダーの探知距離内、戦闘機の誘導範囲内にいると考えてもおかしくない。

 真珠湾のように無線を使用不能にされた挙句に、奇襲で潰されるような事態だけは避けなければならない。

 サッチは後方の視界を確保するために左右のフットバーを蹴って、機体を左右に蛇行させた。


「F4Fはいい戦闘機なんだが、真後ろが見えないのが痛いな」


 サッチはそうぼやいた。だが、その行為こそが彼を救った。彼が右のフットバーを踏み込んだ瞬間、それは始まった。

 攻撃隊直上からの20機の烈風の編隊急降下、攻撃隊の誰かが気付いたときには全てが遅かった。烈風一機につき

4丁装備された20ミリ機銃80門からシャワーのように弾丸が降り注ぐ。

 堅牢なはずのF4Fの装甲を烈風から放たれた徹甲弾はいとも容易く貫通する。そして徹甲弾によって穴が開いた燃料タンクから

漏れたガソリンが引火し、6機のF4Fは炎に包まれ落ちていく。3機のF4Fは黒煙を吐き、戦線を離脱していった。


「馬鹿な?! F4Fがこうも簡単に?!」


 米海軍が誇る戦闘機が、黄色人種の戦闘機によって赤子の手を捻るかのように容易く撃墜される光景に、サッチは驚愕する。

だが彼は驚愕して固まるだけの男ではない。すぐさま態勢を整えると烈風に戦いを挑む。


「全機、俺に続け!」


 サッチは怒鳴りながら機体をすべらせ、日本機の射撃を回避していく。

 一方、攻撃隊に痛打を与えた烈風はそのまま編隊をすり抜けて急降下、速度を十分につけたところで急上昇しようとする。


「連中め、こちらの上を押さえるつもりか!」


 何機かが追いかけようとしたが、全く追いつけなかった。

 エンジン馬力だけの加速では降下で加速する敵機には追いつけない。高度優位は速度優位の同義語なのだ。さらに

言えばエンジンの馬力そのものが違った。烈風は2200馬力、対するF4Fは1200馬力と倍近い差があったのだ。

 これでは追いつける訳が無かった。


『ダメだ! 追いつけない!』

『くそ、連中はニンジャか!? 何時の間に後ろに!』


 味方からの悲鳴を聞いてサッチが振り返ると、そこには火を噴いて落ちていく多数のF4Fの姿があった。


『第2小隊、右に展開、急げ!!』

『後ろからジークが来る! ダメだ、振り切れない!!』

『畜生、ダメだ! 各機分散しろ!!』

『何でイエローモンキーがこんな化物戦闘機を作れるんだ?!』


 F4Fパイロットのジョン・サッチは味方の悲鳴に思わず歯噛みした。左を見ても右を見ても落ちていくのは星を

つけた機体、つまりアメリカ軍機ばかりなのだ。

 俯瞰すれば、もはや攻撃隊はその体を成していなかった。一部の攻撃機は慌てて魚雷や爆弾を投棄して逃げようと

したが速度が違いすぎた。すぐさま追いつかれ、密集した編隊を敵機が掠めるたびに一機、また一機と削られていく。

 援護すべき戦闘機隊は既に自分が生き残るだけで限界で、援護どころではない。完全に編隊は分断され、個々の

空戦を強いられている。

 攻撃隊が異常な速度ですり減らされていく。今まで意識していなかった冷や汗が一気に噴出するのをサッチは感じた。

 そんな中、悲鳴のような救援要請が無線機から聞こえた。


『少佐、助けてください!!』


 その直後、サッチの前を穴だらけのF4Fがフライパスしていく。


「ケリーか?!」


 慌ててサッチは、同じエンタープライズの戦闘機搭乗員であるケリー・ベントン少尉の救援に向かった。

 サッチはケリーの後にぴったりついて回る烈風の背後に回る。


「くたばれ、ジャップ!」


 必中を期して弾丸を送りこむ。しかし何発か命中したはずなのに、烈風は火を吹く気配がない。

 それどころか後ろに回られたのを察すると、すぐに持ち前の高速でその場を離脱していった。辺りを見渡せば似たよう

なことが頻発していた。烈風は降下をせずに水平加速だけで機銃の射程外へ逃れ、さらに上昇反転で逆にF4Fの背後へと

回り込み、20mm機銃をF4Fに向けて撃っていた。F4Fにその逆をするのは不可能だった。


「駄目だ。この機体では奴らには勝てない……せめて噂のF6Fがあれば」


 攻撃力、防御力、速度、あらゆる面でF4Fは烈風に劣っていた。さらに言えば数も劣っていた。

 第1艦隊、第3艦隊は彼らを迎え撃つために、実に200機もの烈風を投じたのだ。つまり攻撃隊と同数の戦闘機が

この空域に展開しているということだ。

 さらに戦闘機隊はレーダー管制誘導による的確な指示をもとに、攻撃してくるのだ。彼らに勝算はなかった。


「いただき!」

「次は俺だ。第2小隊は支援に回れ!!」

「左の敵が固まっている。はっ、連中ダンゴになっている。鴨撃ちだ!!」


 烈風の搭乗員達はまるでゲームを楽しむかのように次々と米軍機を撃ち落していく。

 分散して何とか艦隊にたどり着こうと頑張る米軍機もいたが、そのどれもが艦隊の目である電探に捉えられ、迎撃機を

差し向けられた。


「これが次世代の戦争か」


 岩本徹三は赤城のCICからの適切な指示に感嘆した。一昔前は戦闘機隊が独自に判断していたことを、遥か後方にいる

旗艦が判断し、適切な指示を出すことが出来るというのは驚くべきことだった。

 しかし彼は驚いてばかりではない。彼は編隊を指揮しつつ、押し寄せる敵機を撃墜し続けた。

 敵機をあらたに1機撃墜した際、間髪入れず無機質な声が無線機から響いた。


『アカ1は針路そのままで、高度7000メートルまで上昇。必要所要時間は3分。その後、右に40度反転せよ。

 高度差600メートルで敵編隊を後方から叩ける』

「了解、アカ1。適切な邀撃指示に感謝する」


 岩本は部下達に指示を伝えると、スロットルを開いた。

 空母赤城のCICでは次々に齎される戦果の報告に、楽観的なムードが漂いつつあった。何しろ編隊長からの報告、

電探からもたらされる一連のデータは自軍が圧倒的優位であることを示していたからだ。


「ここまで来ると米軍が哀れだな」


 小沢の言葉に、草鹿は頷く。


「確かに。練度で劣り、電探管制もなく、機数でも負けている状態ですから。恐らく敵の第一波攻撃隊は第1艦隊に

 たどり着くだけで精一杯でしょう」

「こちらは電探によって敵の現れる場所に戦闘機を素早く配置転換することができる。これによって局部的な優勢も

 確保することが出来る、か。敵の指揮官に同情したくなるな」


 小沢から見ても、あまりにも目の前の敵軍が哀れであった。米軍はあらゆる面で劣り、一方的になぶり殺しにされる

獲物に成り下がっていた。

 だが同時に自分達がやっていることを、他の国が真似するようなことになれば、日本海軍航空隊も同じような目に合う

ことになると小沢は考えていた。


(そのための近接信管、誘導兵器、ジェット機の開発か)


 小沢は次々新兵器を開発する自国の技術力を頼もしく思うと同時に、戦争と言うものが機械が支配するものになって

いくこと、そして加速度的に人死が増えていくことに寒気を覚えた。

 そんなことを思っている間に、辛うじて戦闘機の迎撃を掻い潜った米攻撃隊が第1艦隊の迎撃エリアに侵入した。

 戦艦長門のCICでは戦闘情報士が声をあげる。


「敵機12機、方位346より接近」

「来たか」


 高須は落ち着いた表情で考える。200機で向かってきた敵の第一波攻撃隊のうち、こちらの迎撃を掻い潜ったのは

僅か12機。この程度ならすぐに始末することが出来る。


「対空戦闘用意!」


 この命令に第1艦隊の将兵達は士気をあげた。


「第3艦隊の連中に、あっと言わせてやりましょう」

「そうだ。戦艦が役立たずなんてほざいた連中に、まだまだ戦艦が戦えるってことを教えてやる」


 第1艦隊の将兵、特に下士官達は空母部隊への対抗心をむき出しにしつつ、現れるであろう米軍攻撃隊を待ち構える。

 後の世で『ハワイ沖の七面鳥撃ち』と呼ばれる戦いの第二幕が開けようとしていた。









 あとがき

 提督たちの憂鬱第40話をお送りしました。

 ハワイ沖海戦第一幕でした。それにしてもここまで一方的にボコボコにされる米軍って珍しいかも……。

 え〜リアルが忙しく掲載が遅れてしまいました。掲載が遅れて申し訳ございません。

 拙作ですが2011年もよろしくお願いします。

 それでは提督たちの憂鬱第41話でお会いしましょう。