太平洋艦隊の空母航空隊とハワイに展開する航空兵力の撃滅を目的とした『蜂一号』作戦の詳細を総長室で

聞いた嶋田は目を剥いて驚いた。


「………私は太平洋艦隊を引きずり出す作戦を練るように命じたはずだが」


 嶋田の刺すような視線を受けて、背中で冷や汗を流しながら福留は説明する。


「当初はトラックで艦隊を集結させておき、米艦隊を迎え撃つという古賀長官の案が有力だったのですが

 いつ出てくるか判らない米軍を待つより、こちらから積極的に打って出て主導権を握ったほうがよいという

 意見が大勢を占めるようになりまして」

「虎の子の第3艦隊を守りきれるのか? ハワイ基地航空隊と太平洋艦隊空母部隊の波状攻撃で大打撃を

 受けたら目も当てられないぞ」

「第3艦隊の搭載機の3分の2以上を戦闘機とすることで、米軍機の攻撃の多くは捌き切ることが可能と

 作戦課は試算しています。仮に突破してきたとしても、第3艦隊の対空砲火を突破するのは困難です」

「VT信管を過信してはないだろうな?」

「しておりません。VT弾の命中率、いえ有効性は米側の公刊戦史をもとにして判断しています」

「確か1000発撃って1機撃破だったな。まったくあれだけ高い砲弾を千発も撃たなければならないとは」

「ですが、我々はトランジスタの実用化によって砲弾の小型化を実現しています。これによって76mmで

 もVT信管を運用できます。史実米軍よりも、より効果的に敵機を撃破できるはずです」


 これを聞いた嶋田は、手元の書類を読み進める。そしてある程度納得した顔をした。


「ふん。うまくやれば『ハワイ沖の七面鳥撃ち』ができると?」

「そのとおりです。史実のマリアナ沖海戦の意趣返しが出来ます」

「私は前世が軍オタでないから、史実の意趣返しができることに大した感慨は浮かばないよ」


 苦笑しながら、嶋田は話を続けた。


「しかし政治的問題もあるぞ。ハワイを攻撃することなく撤収するとなれば、米軍が勝ち鬨をあげないか?」

「確かにその可能性はあるでしょう。しかし今回はそれを逆手に取れます。

 仮に米軍が勝ち鬨を挙げれば、真珠湾からますます引けなくなります。我々は連中の補給線を叩き

 弱体化させることが出来ます。仮に勢いづいてミッドウェーに来れば、ミッドウェー航空隊支援の下

 で艦隊決戦も可能です」

「諸外国がどうみるかも問題だよ。それに国民の目もある。尤も、このままストレートに勝てば色々と

 増長しかねないからな……まぁオブラートに包んで報道してやれば良いか。諸外国も少し躓いた程度で

 手のひら返しはしないだろう」


 そう言うと、嶋田は話題を変える。


「しかし問題はミッドウェー攻略だ。無血で占領できると思うが、万が一のこともある」


 この問いかけに古賀と福留が答える。


「攻略には第1艦隊、第2艦隊、第3艦隊を当てます。攻略部隊には陸軍から一木支隊を借りてくる予定です」

「真珠湾の米艦隊の様子は?」

「現在、真珠湾には戦艦11隻、空母4隻が居ることが確認されています。

 しかしこのうち、空母ワスプは真珠湾と西海岸の間を頻繁に行き来しているために実質は空母は3隻です」

「仮に連中が出てきたとしても空母3隻が限界か」

「はい。これに対して、我がほうは正規空母6隻、準正規空母2隻、軽空母4隻の合計12隻です。

 さらに艦載機の質でも圧倒しており、仮に太平洋艦隊が出てきたとしても撃滅は可能と思われます」

「まぁF4Fでは烈風の相手にはならないからな」


 米軍が開戦前にF6Fを配備していれば、それなりの抵抗ができたかも知れないが、現状では彼我の戦闘機の

質が隔絶していた。そしてその差は今後開く一方であった。

 何しろ日本軍は烈風改を来年には生産でき、再来年には疾風の配備が可能となるのだ。一方のアメリカは今だに

津波による混乱から立ち直っておらず、戦闘機はF4FやP40、P38を使い続けていた。新型機の開発も行われて

いるが、それが間に合うか、そして役に立つかは未知数であった。


「しかし油断は出来ないだろう。連中がミッドウェー奪還、もしくはミッドウェーへ空爆を行う可能性はある。

 それにはどう対応する?」


 この問いかけに福留が答える。


「蜂一号後、米軍の動きに対応するため部隊はローテーションを組み、ミッドウェー防衛に当たります。

 消耗が著しい部隊は順次本土へ回航させます。

 また明石型工作艦4隻を中心とした船団をウェークに派遣します。これによって防衛艦隊への支援を万全な

 ものとします。加えて航空工作艦『竜飛』をミッドウェーに派遣します」


 竜飛は龍驤型の廉価版とも言うべき艦であった。龍驤型のように空母としての機能は無かったが(発艦ならロケット

ブースターを使えば可能)、一つの基地の航空隊をバックアップするには十分な能力を持っていた。

 そこまで聞いた嶋田は特に問題はないと判断した。


「……良いだろう。蜂一号を承認しよう」


 そう言うと嶋田は書類にサインをした。

 そして1943年1月7日、日本海軍はミッドウェー攻略作戦を発動することになる。













               提督たちの憂鬱  第39話















 1943年1月14日。ミッドウェー島は無血で、あっさりと日本軍の手に落ちた。

 連合艦隊は米太平洋艦隊が迎撃に出てくることを警戒して、慎重に周囲に索敵機を放ち、さらに潜水艦を

ミッドウェーとハワイの間に配備して情報収集に当たっていた。

 しかしながらどの部隊も太平洋艦隊を捕捉することはなかった。しかしそれでも逆行者たちを中心とした

海軍上層部は慎重だった。何しろミッドウェーは史実の因縁の地でもある。ここで史実の二の舞をやったら

目も当てられない。

 第3艦隊と第5機動戦隊が周辺に目を光らせ、上空に多数の戦闘機を張り付かせる中、攻略部隊である

第2艦隊はミッドウェーに接近した。

 そして最終的に本当にミッドウェーが無人であることを確認すると、一木支隊を上陸させ、これを制圧した。


「本当にミッドウェーを放棄しているとは……米軍は本気でハワイで決戦するつもりのようだな」


 第2艦隊司令長官である近藤中将は、この結果に嘆息した。

 無血で占領できたのは喜ばしいことだが、真珠湾に立て篭もる米艦隊を相手にするのは些かに骨が折れる

ため、近藤としてはミッドウェーでの決戦が望ましいと考えていた。


「だとすれば、次は蜂一号か……」


 近藤は、アラスカを空爆して米艦隊をおびき寄せたほうがいいのではないかと思っていたので、この作戦に

は消極的であった。

 しかし決定である以上、仕方が無かった。


「ミッドウェーの飛行場の復旧のために工兵の上陸を急がせろ。次の作戦はもうすぐだぞ」


 ミッドウェー陥落の報告は直ちに日本本土に伝えられた。


「情報どおりだな」


 報告を受けた嶋田は頷くと、直ちに蜂一号作戦の準備に取り掛かるように指示した。

 これを受けて日本海軍は、第11航空艦隊から64機の重爆撃機から構成される美幌航空隊を引き抜いて

ミッドウェーに向かわせた。


「夜間爆撃とは言え、64機もの連山改による爆撃だ。真珠湾軍港にはかなりの打撃を与えられるだろう」


 航空本部を司って長らく日本の航空機開発能力を強化し、さらに連山や連山改の設計で現場にアドバイスを

してきた嶋田は、連山改の実力に自信を持っていた。

 確かに戦闘機の護衛がない危険な任務であるがアブロ・ランカスタを参考にして作った連山を、B−50を

参考にし、この世界の日本の総力を結集して改修した連山改と、優秀なパイロット達ならば、この任務も

決して不可能ではないと考えていた。

 さらに64機の連山改の中には電子戦仕様の機体もある。チャフだけでなく、変調方式の妨害電波や特定の

周波数に対して妨害をかけるスポットジャミングを行う機材さえ装備している機もある。

 日本軍のエレクトロニクスは、この時点で米軍を圧倒していた。


「レーダーも、無線も使えない状態というのがどれほど恐ろしいか、米軍は嫌と言うほど味わってもらおう」


 一方でミッドウェー陥落の報を聞いた米国側はいよいよ日本軍がハワイに向けて進撃を開始したと判断して

警戒態勢に入った。


「いよいよだな」


 ハルゼーは乗艦の戦艦ノースカロライナの艦橋で静かに闘志を燃やした。

 何しろ開戦以降、フィリピンの陸軍、そしてアジア艦隊を見殺しにしたまま真珠湾に篭りきりのために、彼の

欲求不満は否応が無く高まっていた。


「盛るジャップどもを、ここハワイで徹底的に叩き潰してやる」


 しかしながら太平洋艦隊の空母部隊だけでは勝ち目が薄いことは彼も理解していた。

 いくら弱体化していたとは言え、戦艦4隻、空母1隻を基軸としたアジア艦隊を一方的に叩き潰した日本軍の

実力を軽視するほど彼は無知蒙昧ではなく、彼は陸軍航空隊との連携を考えていた。

 尤もB17やB25などの爆撃機が、高速で走り回る艦艇に、艦載機並みに命中弾を与えられるとはハルゼー

も思っていない。彼は陸軍の戦闘機の傘の下で戦うつもりだった。

 勿論、ある程度牽制にはなるので、陸軍の爆撃機にも出撃を求めるつもりでいたが。

 ハルゼーが闘志を燃やしている頃、太平洋艦隊司令長官のパイは迎撃準備に追われていた。彼は陸軍と頻繁に

連絡を取ってハワイの防衛体制を強化する一方で、彼の直卒の部隊である第1任務部隊の出撃準備も進めた。


「本当はハルゼーのような獰猛な指揮官のほうが良かったのだろうが……」


 太平洋艦隊司令部でパイはそう呟いた。

 彼自身、決戦までにはハルゼーが大将に昇格して、決戦の指揮を執ることになるだろうと思っていたので

今回の人事は意外であった。


「いや、むしろ予定が狂ったためか。政府は最初、迎え撃つのではなく、こちらから侵攻することを

 望んでいたからな」


 ガーナーがキンメルの要求を呑んで、ハワイでの決戦を認めたために、自分が指揮を執ることになった

という現実に突き当たったパイは苦笑いした。

 軍事的には正道であるはずの作戦が、自分には不釣合いな仕事を強要するのだ。これほど皮肉なことは

なかった。

 そうかと言って、ここで全てを投げ打って逃走するほど、彼は腐っては無かった。確かに不利な条件が多すぎる

が、長年ライバルとして見做してきた日本海軍との決戦の指揮を執る。それはアメリカ合衆国海軍軍人にとって

は最高のシチュエーションであった。


「悔いの残さないような仕事をしなければ」


 しかしながら彼の望みは、その2日後にいきなり挫かれた。

 ミッドウェー陥落の報を受けて急遽、ハワイに急行してきたワスプの機関がトラブルを起こしたからだ。

 さらに西海岸では潜水艦による通商破壊が激化しており、西海岸諸州は護衛空母を手放すことに猛反対した。

この結果、ワスプはドック入りした挙句、空母が3隻しか使えないという状況に陥っていたのだ。

 さすがの彼もこれには頭を抱えた。


「決戦前だというのに、これはどういうことだ?!」

「ワスプはハワイと西海岸間の輸送任務に加えて、西海岸でも潜水艦狩りに使われて酷使されました。

 その反動かと」


 太平洋艦隊司令部のオフィスで頭を抱えたパイであったが、何とか精神を持ち直すと、ワスプの早期修理を

厳命した。


「決戦において空母は戦力の要だ。何としても決戦までに修理するんだ!」


 だが運が悪いときには、悪いことが続く。それを彼は思い知ることになる。







 1月17日、米海軍の長距離偵察機であるPBYカタリナ飛行艇がミッドウェー環礁から出撃する第3艦隊

を捉えた。


「オザワ・タスクフォース、ミッドウェーより南下。速度14ノット。正規空母6、軽空母3、戦艦、巡洋艦

 多数」


 さらにそのあと、潜水艦から日本海軍第1艦隊が出撃していることが報告された。

 この報告電を届けられた米太平洋艦隊司令部は、日本海軍が決戦を仕掛けてきたと判断し防衛作戦会議を開いた。

 パイは今使える空母が3隻に過ぎないことから、海軍の空母部隊のみで正面決戦を行うことを避け、最初に

陸軍航空隊に日本空母の飛行甲板を水平爆撃で叩いてもらうことを決定した。

 ハルゼーは消極的だと言って反論したが、現在の状況で冒険はできないとしてパイはハルゼーの文句を退けた。

 爆撃機を初めとした航空機ならまだ補充ができるが、正規空母を補充する力は今のアメリカにはなかった。

今のアメリカにとって正規空母は、同じ重量の金塊よりも貴重な存在だった。


「しかし、それだとジャップどもが逃げ帰るかも知れないぞ」


 ハルゼーの反論にパイは諭すように言う。


「それを叩くのが中将の仕事だ。ハルゼー中将の第5任務部隊とフレッチャー中将の第7任務部隊は

 ハワイ北方海域で待機し、彼らの横腹を突くんだ」

「ハワイを囮にするのか?」

「いや、ハワイだけではない。太平洋艦隊の戦艦部隊もだ。戦艦部隊は私が直接率いる」

「戦艦部隊を囮にするのか?」


 大艦巨砲主義者のパイらしからぬ発言にハルゼーは驚いた。

 このハルゼーの反応を見たパイは苦笑した。


「私も今の状況では空母を主力と見做さざるを得ない。それにうまくすれば基地航空隊との連携の下で

 日本海軍の主力戦艦に決戦を挑めるだろう。それに何よりアメリカの命運をわけるであろう戦いを後方

 から指揮するつもりはない」


 そういうと、会議はすぐに解散した。

 この会議の決定を受けてハルゼー率いる第5任務部隊(戦艦1隻、空母1隻)、フレッチャー率いる

第7任務部隊(戦艦1隻、空母2隻)は真珠湾を出航し、ハワイ北方に向かった。

 本来なら、第5任務部隊には空母ワスプが配備される予定だったのだが、残念なことにワスプは機関の

トラブルでドック入りを余儀なくされ、第5任務部隊は空母1隻のみで出撃することになった。

 ハルゼーはこのことに怒り心頭であったが、無い袖は振れなかった。

 そして太平洋艦隊戦艦部隊である第1任務部隊と第2任務部隊が出航しようとする中、異変は起こった。


「何だ、これは?!」


 オアフ島北端オパナ移動レーダー基地のレーダー員は、突然現れた反応に驚愕した。

 何しろレーダーに突然、大量のゴーストが発生したのだ。史実の米軍ならチャフによる欺瞞を見抜いた

だろうが、この世界の米軍は電子戦の経験に乏しく、すぐに判断することができなかった。


「すごい大編隊だぞ。これは……」


 焦ったレーダー員はただちに司令部に連絡を入れた。


「2020、不明機編隊発見! 8時方向! 距離50マイル!!」


 この報告を受けたショート中将はただちに迎撃機を発進させた。しかしながら現場に急行した

P38のパイロット達は何も発見できなかった。


「どうなっている? いつまで経っても敵編隊と遭遇しないぞ」


 パイロット達は苦情を言い立てるが、レーダー基地は大量の反応が出ているとの一点張りだった。


「レーダーの故障か、何かじゃないのか?」


 この世界の米国の電子技術は、史実と比べて低かった。何しろ八木アンテナの特許を日本が押さえており

さらに世界恐慌の影響が酷かったために、電子兵器関係の予算が削減されていたのだ。

 BOBを通じて、レーダーの有効性を知った米国は、日英に遅れながらもレーダーの開発に着手したものの

その信頼性はお世辞にも高いものではなかった。

 勿論、米国の高い基礎工業力をもとにして史実の日本より遥かにマシなレーダーを手に入れてはいたが、

それでも登場してから日がたっていない新たな兵器・レーダーへの理解は進んでいなかった。

 このためパイロット達、さらにショート中将達はレーダーの故障のせいではないかと考えるようになった。

 そんな中、監視所の一つが60機近い日本機が真珠湾に向かっているのを確認した。


「不明機多数が10時方向より、真珠湾に向かっています!!」


 この報告に戦艦サウスダコダに移された太平洋艦隊司令部、そしてハワイ方面陸軍司令部は驚愕した。

 しかし曲がりなりにも太平洋艦隊を預けられたパイはただちに決断した。


「ただちにオアフ島全航空基地の航空機を発進させろ!」


 騒然とするオアフ島上空1万メートルに、56機の連山改があらわれた。


「夜だから真っ暗と思っていたが、中々に明るいじゃないか。いくぞ、全機突撃!!」


 攻撃隊隊長に抜擢された野中中佐はそう言って、直掩機さえ上がっていない真珠湾上空に侵入した。


「ミッドウェー基地と連合艦隊司令部に報告! 我奇襲に成功せり。トラトラトラ!」


 彼らが狙うのは一点、真珠湾軍港南部にある重油タンクだ。

 太平洋艦隊の命綱である重油タンクには、実に600万バレルもの重油が貯めこまれている。これを叩くこと

が出来れば後々の決戦で優位に立てると軍令部は判断したのだ。

 夜間爆撃であるが、何発かでも命中すればタンク群のいくらかを潰せる。津波によって半壊していないアメリカなら

そんな被害などすぐに回復できただろう。しかし現状のアメリカではタンク群の再建はかなりの負荷になる。さらに

燃料タンクを叩くことで、米艦隊の運用に制限をかけることも出来る。

 一部の人間は重油火災を発生させ、軍港を焼き払うことも不可能ではないのではと考えた。そこまでうまく

いくとは全員が思っているわけではなかったが、それでも大量の重油が流出すれば、軍港としての機能に打撃を

与えられるとは読んでいた。

 しかし米軍が全力で迎撃してくれば連山改とは言え、消耗は免れない。故に日本軍は可能な限り米軍を撹乱する

ことにしたのだ。そのために日本軍は虎の子である電子戦仕様の連山改8機をこの戦いに投入していた。

 彼らは手始めに大量のチャフを撒いて、米軍のレーダーを撹乱することに成功した。2310キロも離れている

ミッドウェーから多数の爆撃機が夜間に襲来するとは思ってもいなかった米軍は、虚を突かれて混乱している。

 島内12箇所に設置されている41門の12.7cm高角砲が火を吹くが、そんな対空砲火を嘲笑うかの

ように56機の連山改はさらに速度を上げて爆撃コースに入った。

 攻撃隊隊長に抜擢された野中中佐は、4個小隊16機を一列に飛行させながら、128発もの250キロ爆弾を

投下させた。

 一分弱で、128発もの250キロ爆弾はヒッカム陸軍基地の周辺に次々に着弾した。着弾と同時に発生した炸裂

光は高度4000メートルでもはっきりと見える。

 残った40機の連山改はヒッカム西側の重油タンクを狙おうとする。しかしこの頃になって運良く連山改を捕捉し

た4機のP38が向かってきた。

 しかし野中は慌てない。


「ロケット点火。一気に振り切るぞ」


 連山改にはロケットブースターが装備されており、これを利用すれば一時的にではあるが、612キロもの

速度を得ることが出来るのだ。

 野中の指揮の下、連山改は次々にロケットを点火し、一気に加速した。


「この巨体で、あれだけの速度が出せるのか?!」


 このあとP38のパイロット達は連山改の向かった方向から、彼らの目的を推測し慌てて味方に連絡をいれよう

とした。しかし彼らの無線機は、ジャミングによって悉く役立たずと化していた。


「畜生、どういうことだ?!」


 彼らは仕方なく、独力で追撃に移った。

 このとき8機の電子戦仕様の連山改が、真珠湾上空でジャミングを繰り返していた。チャフを撒いたのも彼らだ。

 この見えざる疫病神たち(米軍にとって)は散々に米軍の通信を妨害し、米軍の組織的な迎撃を阻害し続けた。

 混乱する米軍を他所に、40機もの連山改はヒッカム西側の重油タンクを爆撃コースに収めた。

 勿論、米軍も黙ってやられるのを待っているわけではない。彼らは必死に対空砲火を打ち上げて応戦した。

しかしながら、日本軍の攻撃が奇襲であったこと、さらに夜間であったことが砲の命中率を押し下げた。加えて

連山改は史実の日本機よりも遥かに強靭な作りであった。故に連山改をなかなか撃墜することができなかった。


「爆撃コース入ります!」

「用意!!」


 連山改の爆弾倉を覆う扉がゆっくり開かれる。

 そして「射っ」という短い命令と同時に合計160発もの250キロ爆弾とナパーム弾が投下されていく。

それは南はヒッカム陸軍航空基地南端から北はフォード島海軍航空基地までの間に次々に降り注いでいった。

 勿論、その全てが命中するわけではない。しかしながら、250キロ爆弾に加え、ナパーム弾があわせて

160発も降り注いだのだ。地上は溜まったものではなかった。

 600万バレルもの重油を溜め込んでいたタンク群に、少なからざる数の250キロ爆弾が直撃した。重油は

燃えにくいために、いきなり大火災が起こるということはなかったものの、爆弾がこうも直撃しては堪ったもの

ではなかった。そんな中、ナパーム弾まで着弾したのだ。燃えにくいはずの重油に火がつくのに時間は掛からなかった。

 さらに外れた250キロ爆弾は、周囲に甚大な被害を与えていた。ヒッカム陸軍基地は大打撃を被り、さらに

フォード島海軍航空基地は250キロ爆弾が多数命中し、文字通り廃墟と化した。

 爆弾を投下し終えた連山改はただちに逃走に移った。長居は無用だった。

 勿論、ただで返すまいと米軍は必死に高射砲から砲弾を打ち上げるが、その大半は見当はずれの方向で炸裂する

始末だった。勿論、中には至近で炸裂するものもある。米軍とて無能ではないのだ。


「撤退するぞ」


 野中はそういって全機に集合および帰還の命令を出した。

 この後、辛うじてP38が連山改を追いかけ、3機を撃墜。さらに高射砲によって2機を撃墜したが、最終的に米軍は

連山改の大半を取り逃がしてしまった。しかしながら被弾した機体は少なくなかった。だが同時に電子戦機による妨害

が有効であったこと、それに米軍の夜間戦闘能力が想定していた以上に高くなかったことから、今後も定期的な爆撃を

実施することを決定することになる。勿論、最終的にはパルミラやジョンストンなどのハワイ外周の島々を攻略して

十分な護衛をつけてから爆撃を行うほうが効果的とも判断していた。

 日本がまだまだ不十分であると判断した空襲であったが、その空襲で米太平洋艦隊は甚大な被害を被った。


「重油タンクは大打撃を被りました。失われた燃料は300万バレルに及ぶとのことです」


 ただでさえ、西海岸で通商破壊が激化している中、これだけの燃料を真珠湾に運びこむにはかなりの労力が必要に

なることは間違いなかった。さらに今後の艦隊の運用にも大きな影響が出るだろう。


「航空機の損失は80機です。今後の集計でさらに増えるかも知れません。加えてフォード島航空基地、ヒッカム

 陸軍基地は復旧には数日かかるとの報告が入っています」


 パイはあまりの被害に絶句した。決戦前にいきなりの大打撃であった。

 パイに報告する参謀は、まるで機械の様に感情をなくしたしゃべり方で報告を続ける。


「……ワスプはどうなっている?」

「幸運なことにドック周辺への被害は軽微でしたので、無事です」

「……敵機はどれだけ撃墜できた?」

「飛来したのは約70機ほどです。このうち、高射砲で3機、陸軍航空隊が5機撃墜したとの報告があります」

「最大でもあわせて8機しか撃墜できなかった、と?」

「残念ながら。燃料タンクが早期に爆撃されて、大量の煙があがったために高射砲が狙いを付けれなかった

 上に、航空隊の無線が妨害されて連携が取れなかったことが原因に挙げられます。それと現在、墜落した

 敵機を回収しています。これで少しは日本軍機の秘密がわかると思います」

「決戦前に判りたかったな………」


 パイはため息をついた。奇襲を受けて米軍は混乱したものの、濃密な対空砲火をもって日本軍機を迎え撃った。

だが日本軍機は、米軍の空の要塞と謳われるB17を凌駕する防御力を持って任務を遂行してみせた。

さらに逃げるときには高度1万メートル以上に上がり、米軍機を振り切った。

 爆撃機だけでも、これだけの高性能を誇るのだ。日本軍の戦闘機がどれほど高性能か判ったものではない。

 しかしながら残念なことに、彼らにとっての決戦は、すでに目の前に迫っていた。








あとがき

 提督たちの憂鬱第39話改訂版をお送りしました。

 若干、問題があったようなので少し変更しました。申し訳ございません。

 それにしてもやっぱり戦闘シーンというのは難しいですね。中々うまく書けない。

 精進が必要です。

 それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第40話でお会いしましょう。