アメリカ海軍アジア艦隊の壊滅は、日本が想像している以上に世界に衝撃を与えていた。

 旧式とは言え、海の王者である戦艦が4隻同時に飛行機によって撃沈されたという事実は列強各国に

特に軍関係者に大きな衝撃を与えたのだ。

 ドイツ海軍に対して戦艦の数で圧倒していることに安堵していたイギリスは、飛行機の優勢を知るや否や

慌てて無い無い尽くしの中で防空体制の再構築を図り、ドイツは急降下爆撃で戦艦が轟沈したという情報

から、元々急降下爆撃機大好きのゲーリングは急降下爆撃機への傾斜を強めていた。


「これだけなら良かったんですけどね」


 夢幻会の会合の席で、列強各国の動きを聞いた嶋田はため息をついた。

 この嶋田のため息に、会合の出席者全員が同意するように頷く。彼らの視線の先にある書類には、日本に

とって好ましくない情報が記されていた。


「東アジア各地の植民地で独立運動が過熱。面倒な時期に……」


 事情を知らない人間から見れば、黄色人種の国家である日本にとって望ましい結果かも知れなかった。

 しかしオーストラリアや蘭印、仏印、さらにインドから資源を輸入し、現地に必要な物資を輸出して経済の

サイクルを回していることを知っている人間からすれば、現地の治安悪化は好ましくなかった。


「もともと列強、特に英国が本土復興のためにこれまで以上の搾取を実施して不満がたまっていました。

 そこで黄色人種の日本人が、白人のアメリカ人に連戦連勝したせいで、現地民が勇気付けられたようです。

 さらに列強の本国が津波によって手酷い打撃を受け、極東アジアでも有数の勢力であったはずの在比米軍と

 アジア艦隊が壊滅した今が好機と、彼らが判断したことも大きいかと」


 情報局長の田中の報告を聞いた嶋田は、すぐに自分の意見を述べる。


「彼らに自制を促せないか? 戦後まで、いや、せめてあと2、3年待ってくれれば」

「無理です。むしろ、独立派組織は日本に対して大規模な支援を求める始末です。特に仏印ではホーチミンが

 色々と動いているようで、このままいけば遠からず独立戦争が勃発するでしょう。現在の自由フランス軍の

 戦力では持ち堪えられるかどうか……」


 日本は対米戦争が勃発する前に仏印から手を引いていた。戦力的な問題と、自由フランス政府の意向から

手を引いていたのだが、現地の独立派組織とはある程度接触を保っていた。

 日本としては対米戦争が終了してから時期を見計らって、東南アジアの植民地を自分の市場として開放する

ために、あらゆる方法を用いて宗主国から解放するつもりでいたのだ。

 しかしながら現地の独立派は日本人の都合よりも自分達の都合や判断を優先させ、独立闘争を激化させていた。

 ここで独立派を支援して、一気に親日政権を樹立するというのも手ではあったが、現状でそれをすることは

非常に危険であった。

 何故なら現在、津波によって世界(特に欧米)は史上空前の危機的状態にある。そんな状態で火事場泥棒の

ように東南アジアの植民地を解放して独立させるようなことをすれば列強から恨みを買うことは必定だった。

 かと言って手を拱いているのも拙かった。


「ベトナムの共産化……史実を前倒しすることになるか」


 近衛が苦笑する。これに杉山が反発する。


「笑っている場合じゃありませんよ。ベトナムが共産化するようなことがあれば、その影響は東南アジア全域に

 広がります。対米戦争が終わってみれば、周りはアカだらけなんてことになったら目も当てられませんよ」

「判っている。ドミノ倒しのように影響が広がるのは避けなければならん。戦後の体制構築のためにも。

 かと言って我々が直接介入するのは難しい。だとすると汚れ役は誰かにやってもらうしかない」


 近衛はそういうと、辻に視線を向けた。これを見た辻は頷くと自身の意見を述べる。


「自由フランス軍で防ぎきれなくなったとしたら、イギリス、いや華南連邦に出てもらいましょう」


 辻の意見に嶋田は眉を顰めた。


「仏印を華南連邦が押さえるとなると、戦後が面白くないと思うのだが。いや、それ以前に連中が動くのか?」

「動かなければ東南アジア全域が大規模な独立闘争に巻き込まれるでしょう。それは英国にとっても

 面白くないはずです。それに少しでも富を搾り取りたい英国からすれば仏印は垂涎の的です。

 動かざるを得ないでしょう。それに現状で我が国に進駐の名目を与えたくはないでしょうし。

 あと、あのホーチミンがいるとなれば、そうそうベトナム全土が安定するとは思えません。

 戦後はそれに付け込めば良いかと」

「華南連邦を仏印に誘い込んで弱体化させる、と?」

「ええ。華南兵とベトナムゲリラを争わせることで、現地人の敵意を華南連邦、いえ中国に向けさせます。

 さらに我が国の忠告を聞くことなく、事態を悪化させる連中にも良い教訓になるでしょう。

 おまけに戦争が長引けば、それだけ社会資本の破壊も進みます。戦後に我が国主導で復興させて

 やれば恩を着せつつ、経済の主導権も握れます。文句なしです。

 勿論、見捨てたと言われないように、今後も独立派へは最低限の支援は行います。

 それとタイ王国への支援を増やす必要があるでしょう。何しろ仏印が不安定化して煽りを食うのは

 彼らですから」

「あまりタイを強大化しすぎれば英を刺激するのでは?」

「そのあたりはある程度さじ加減をする必要があるでしょう。ですが必要以上に支援をケチると日本の

 影響力が低下しかねません」


 かくして日本はこれまで控えていた東南アジアへの介入を本格化させることになる。









           提督たちの憂鬱  第33話









 東南アジアに関する議題が終了後、会合メンバーは休憩を挟まずにすぐに別の議題に入る。


「真珠湾作戦も良いですが、米本土攻撃のための準備はどうなっています?」


 辻の質問を受けて、出席者全員の視線が嶋田に集中した。何しろ米本土攻撃は今後の戦略上不可欠だからだ。

 もしも米本土攻撃が失敗した場合、日本軍は長期持久戦を余儀なくされる可能性が高い。それを判っている

出席者達は嶋田の発言に耳を傾ける。

 自身に集まる視線を感じながら、嶋田は自信満々に答える。


「西海岸爆撃のための戦略爆撃機、いえ原爆専用機『富嶽』の開発は倉崎主導で進んでいます。

 来年中にはロールアウトできる予定ですよ。五大湖を潰すための弾道弾、三式弾道弾の開発も順調です。

 早ければ今年末、遅くとも来年初めには発射実験を行えます」

「艦載機の更新は?」

「新型の開発は順調です。詳しくは当人から聞いてください」


 そう言って嶋田は同席している倉崎重工の現社長・倉崎潤一郎に発言させた。


「三菱と共同開発している烈風改は来年には軍に納入できる見込みです。この烈風改はターボプロップエンジン

 である木星を搭載し、最高速度726キロを誇る強力な戦闘機です。戦闘機としては世界最強であると自負

 できます。これに加えて疾風の開発も急ピッチで進めています。19年度にはラインに乗せられるかと。

 勿論、価格については可能な限り値下げします」


 この回答に誰もが安堵した。


「すべてがうまくいけば、弾道弾は来年に予定される米本土攻撃前には生産が可能になりますね」


 これを聞いた軍需大臣の豊田貞次郎は頷く。


「軍需省の面子にかけて、必要な物資や機材を手配します。しかしこれを大量生産となるとかなりの資材と

 予算が必要になりますが」

「これで攻撃するのは五大湖工業地帯だけです。他は無視します。それに少数の弾道弾でも、五大湖工業地帯が

 攻撃されれば敵は大混乱に陥るでしょう。それはただでさえ低下している生産能力をさらに低下させることに

 つながります」


 五大湖工業地帯を完全破壊できなくとも、少なくない数の弾道弾が工業地帯に降り注げば、工業地帯は大混乱

に陥るのは確実であった。今でさえ流通や経済が混乱しているのだ。ここで工場が潰れる様なことがあれば、その

再建は困難を極めるだろう。疎開させるにしても、生産効率の低下は免れない。

 また、太平洋の制海権の喪失に加えて本土、それも五大湖工業地帯を含む東部に攻撃を許したとなれば連邦政府の

威信は失墜する。津波で壊滅的打撃を受けている今、アメリカという国の根幹そのものを揺らぐことになるだろう。

 戦前の戦略では、ここで連邦政府を脅し挙げて降伏を迫ることになっている。


「それにしても、短期間でよくここまで形に出来ましたね。まぁ逆にあれだけ金を使ったんですから、そうで

 なくては困るんですが」


 辻が感心したように言った。


「コンピュータがあったせいで、研究速度が飛躍的に向上したのが大きいですね。あと優秀な人材も多いですし」


 弾道弾開発には陸海軍どころか軍、民間の壁を越えて多くの人材が集められていた。

 日本のロケット工学の権威である糸川英夫氏に加え、ドイツのロケットの権威であるフォンブラウン氏、

そして大田正一少尉を含む多くの未来知識持ちの人間達が日本最高の開発環境を与えられて開発に臨んだのだ。


「でも、何で優秀な人材っていうのは、ああも性格がぶっ飛んだ性格なんでしょうね」


 史実で特攻兵器開発に関わった大田少尉は、この世界では転生者であった。さらに彼は貴重なロケット技術に

関する知識と技能を持っていたのだ。おかげで彼は弾道弾開発に携わることになったのだが、その性格はまさに

変人と言っても過言ではないものだった。


「天才と何とかは紙一重とも言いますから、仕方ないでしょう」

「…………辻さん、貴方、鏡で自分の顔を見たことがありますか?」

「勿論ですよ。身だしなみには気をつけていますが、それが何か?」

「………いえ、もう良いです」


 頭が痛くなってきた嶋田は、頭を軽く横に振って発言を引っ込めて話題を変えた。


「あとは原爆ですが、2発目が今年末に完成します。尤も公式には『世界初』の原爆になる予定ですが」


 『世界初』との言葉に、衝号作戦の内容を知る人間達は苦笑した。


「来年中にはさらに4発の原爆が完成します」

「仮に米政府が徹底抗戦を続けた場合、合計5発の核でアメリカに致命的打撃を与えられるのか?」


 近衛の質問に嶋田は頷く。


「シアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルス、サンディエゴの4都市を破壊すれば、西海岸経済は

 破綻します。東海岸が消滅し、五大湖が混乱する中で、西海岸が潰えればアメリカ経済は完全に潰えます。

 そうなればさしものアメリカも降伏するでしょう。もしも徹底抗戦するのであれば、政治工作をしかけて

 内部から分裂させて崩壊させるしかありませんが……不可能ではないでしょう」



 史実の日本は軍は壊滅し、経済は通商破壊と戦略爆撃で破壊された挙句、300万人以上もの死者を出して降伏した。

 これを基にして考えるなら、アメリカに降伏を迫るには、軍を壊滅させ、経済を破壊し、600万人以上の死者を

強いる必要がある。衝号作戦によって経済は崩壊寸前、死者も1000万を越えているので、あとは米軍の軍事力を

壊滅させ、経済にトドメを刺すだけと言えた。

 夢幻会からすれば、今回の戦争においてアメリカとの講和というのはあり得なかった。

 彼らは衝号作戦の報復を避けるため、いや第二次太平洋戦争を避けるために徹底的にアメリカを潰すつもりだった。

尤も調子に乗って西海岸を核攻撃で火の海にしてしまうと、色々と問題もあるので、五大湖を潰して降伏させた後に

あらゆる手段でアメリカを弱体化、解体してしまうのがベストと言えた。

 しかしアメリカがあくまで徹底抗戦を選択したとなれば、容赦する必要は微塵もない。その場合、日本軍は容赦なく

西海岸を核で焼き払うことになる。


「それにしても、仮にアメリカを潰したとしたら、後々が大変だな。何しろ世界は群雄割拠の時代を迎えるのだから」


 近衛の言葉に誰もが苦い顔をした。彼らは元々、アメリカ主導の下で、史実のようにNo2の地位を占めて美味しい

思いをしようと目論んでいたのだ。

 しかし戦前に群雄割拠の世界を作ることで同意していたのに、急にそんなことを言い出した近衛に嶋田は不信に

感じた。


「群雄割拠の時代を迎えるのに、何か問題でも?」

「我々が相対することになるであろう列強はドイツ、ソ連、イギリス。しかしこのうち2つは我々に敵意を抱いている。

 群雄割拠と言ってもこのうち2つが敵に回るかもしれないとなると、些か厄介だと思ってね」

「どちらかと関係改善を図るとでも?」

「ああ。具体的にはソ連とコネクションを作り、今以上に関係の強化を図ろうと思っている。どうだね?」


 この発言に誰もが驚いた。

 確かに日ソ不可侵条約を結ぶなどして、以前よりは関係は改善している。しかしかといってあの北の熊の国を

信用できるかといえば、否、断じて否であった。それに向こう側もロマノフの血族を擁する日本を簡単には認めない

のは目に見えている。独ソ戦が終わったら、不可侵条約を破り捨てて満州になだれ込んできても不思議ではない。

 条約破り上等の居直り強盗のような国とこれまで以上の関係強化など、考えにくかった。それならまだイギリスと

の同盟を強化させたほうが現実的だと、この場にいる誰もが思った。


「何か、あったのですか?」


 嶋田は恐る恐る近衛に尋ねた。


「ああ。どうやらソ連は夢幻会の存在を突き止めたようなのだ。彼らは夢幻会の構成員である私を通じて、日本の

 情報収集を目論んでいるようだ」


 この言葉に全員が衝撃を受けた。確かに夢幻会は創設されて70年以上経つ組織であり、いつ存在が露見しても

不思議ではない組織だった。しかしそれでも自分達の存在が諸外国に突き止められたというのは衝撃であった。


「ど、どこからその情報を?」

「尾崎君からだよ。ソ連側は彼が二重スパイになっていることを知らないようだ」

「尾崎さんですか……」


 嶋田は些か複雑な感情を覚えた。確かに早期にソ連が自分達の存在を突き止めたことを知ることができたのは

よかったが、近衛たちが二次元の世界に招き入れた尾崎が、功績を挙げたとなると、必然的に近衛たちやMMJの

人間の手法を肯定せざるを得なくなる。


(オタクは日本を救うとでもいうのか?!)


 絶句する嶋田であったが、すぐ精神を立て直して話を再開する。

 伊達にこれまで回り(夢幻会の変態達)に振り回されてきたわけではない。


「彼らは何と?」

「連中は夢幻会の情報、とくに国家の方針について細かく知りたいそうだ。このため夢幻会へのスパイ網構築を

 目論んでいるそうだ。あと正規のルートとは別に、日本と交渉するパイプを持ちたいと言ってきているらしい」

「交渉のパイプですか」

「外交を行うにしても、交渉を行うパイプが多いほうが便利だろう。ならば彼らの目論見は不思議ではない。

 私としても交渉の窓口をもつことは吝かではないと思っているのだが」


 近衛の意見を聞いて、出席者達はどうするべきか話し合ったが、ソ連との関係改善に役立つのであれば、と

ソ連とのパイプを構築することにした。日本としても必要以上に戦争したいわけでもないし、仮に戦争になった

場合にも、ソ連と交渉の窓口があることは利益になる。

 ただしスパイ網の構築については、軍、情報局、内務省の防諜組織が連携して妨害することが決定された。


「しかし、この時期にソ連が接触してくるとは……やはり独ソ戦の影響か」


 杉山の言葉に近衛が頷く。


「可能性は高いと言える。ソ連としてはドイツの攻勢を凌ぎきったとはいえ、依然として厳しい状況に変わり無い」


 ドイツ軍のブラウ作戦は大方の予想通り、失敗に終わった。

 史実以上に国力と戦力を消耗していたドイツ軍は、補給とパルチザン、ソ連軍の頑強な抵抗によって

バグーに到達することは出来なかった。ドイツ軍は莫大な資源と人員を浪費しながら、目的を達成することが

できなかったのだ。スターリングラードの制圧さえ諦めて後退することから彼らの窮状が判る。

 しかしソ連軍の被害もまた甚大であった。レンドリースがない上に、ポーランドでの戦いで多大な被害を

受けていたことはソ連にとって大問題であった。スターリンは収容所から有能な将校を次々に解放して戦線を

支えていたものの、決して余裕がある状態とは言えなかった。

 おまけにこれまで日本が散々ソ連の発展を妨害していたせいで、重工業の基盤が史実よりも貧弱なために

ソ連軍が必要とする物資を賄うことができなかった。


「武器はない。無線機はない。ガソリンの質は悪い。輸送車両や列車は足りない。無い無い尽くしだ」


 杉山の言葉を聞いて嶋田は乾いた笑みを浮かべて、自身の感想を述べる。


「まるで史実の日本陸軍みたいですね……」

「史実日本陸軍よりかはよっぽど装備は潤沢だよ。尤も史実に比べれば貧弱なことは否定できんがね」


 杉山はそう言って肩をすくめる。

 杉山が言い終わったのを見計らい、近衛はソ連の動きに関して自分の意見を述べる。


「本来なら、日本にだって支援を求めたい。しかし不倶戴天の敵である日本に表立って支援を求めるのは

 政治的に自殺行為。ならば正規ではないルートで、何らかの交渉がしたい、そんなところか」


 近衛の意見に出席者達は頷いた。


「しかしこうなると、他の国でも夢幻会の存在を突き止めて探ってくる国がいるでしょうね」

「確かに。イギリス、ドイツなどは勘付いていてもおかしくない」

「警戒が必要だな」


 しかしながらこのとき、すでにイギリスは夢幻会の存在をつかみ、その構成員や支持者達に密かに

アプローチをとっていた。そのアプローチされる人物の中には、かの白洲の姿があった。

 白洲は東京のホテルの一室で、知人から紹介を受けた英国のエージェントと密会していた。


「日英の再接近のために?」


 日米開戦時に、日本を実質的に見限ったイギリスが急に歩み寄ってきた光景は、白洲からしても

愉快な光景ではなかった。

 しかしながら白洲は持ち前のポーカーフェイスでそれをおくびにも出さない。

 そんな白洲の様子を見て、エージェントは話を続ける。


「我々は戦友ではないか、これまでの不仲は、お互いに不幸な行き違いだったのだ。

 実際にロイヤルネイビーとIJNは今まで一度も砲火を交えたことがない。2国が再び手を携えていく

 ことに支障は無いはずだ」


 夢幻会の人間が聞けば「大有りだよ!」と突っ込むどころだが、白洲はここで日英が再接近した

場合のメリットを考える。

 夢幻会が本気でアメリカを滅ぼすつもりであることを知らない白洲には、来るべき日米講和交渉と

その後のアジア外交において日英安全保障条約が健在であることはメリットが大きいと判断できた。


(仮に植民地が独立するにしても、宗主国が承認しなければシコリが残る。英国の仲介があれば

 各植民地の穏便な独立も不可能ではない。独立した各国と共に連合体を形成するという手もある)


 こうして白洲は、それとなく夢幻会上層部に上申してみることを伝えた。

 しかし同時に上層部は、いや日本国民全体が英国に対して良い感情を抱いていないことを

理解していたため、戦前ほど緊密な関係は気付けないであろうことも理解していた。


(貴方達が最後まで、我々に協力していてくれれば、こんなことにはならなかったものを……)









 日本がアメリカ本土攻撃のために、新兵器を続々と開発している頃、アメリカでは何とかイギリスから

取り寄せた九六式戦闘機の検証を行っていた。F4FやP−40、P−38と模擬空戦を行わせたり、機体

を分解して細かい調査を行った。その結果、米軍関係者は信じがたい結論を目にすることになった。


「日本軍のタイプ96に、F4F、P−40では全く歯が立たない、か」


 海軍作戦本部の執務室で報告を受けたキンメルは渋い顔をした。


「まさかここまでとは……」


 書類に書かれた内容は頭を抱えたくなるような内容が書かれていた。


「最高速度、武装、防御力すべてにおいてタイプ96は我がほうの戦闘機を上回る。タイプ96に

 対抗するには、最低でも3倍以上の数が要る……救いがたい結論だな」


 津波によって壊滅する前なら、すぐさま九六式戦闘機を詳しく解析し、これに対抗しうる機体を

開発することも出来ただろう。しかしながら現在は新規の開発どころか、既存の航空機の生産でさえ

四苦八苦する始末だった。


「大統領はドイツと取引すると言っていたが、ドイツの戦闘機でもタイプ96を圧倒できないだろう。

 さらに日本軍は新型機であるタイプ0まで配備していると言う……」


 フィリピンから取り寄せたレポートによれば、タイプ0(烈風)の最高速度は優に600キロを超え、

さらに20mmもの大口径の機銃を多数装備している。これに対抗できる機体は東西を見渡しても存在

しないだろう。さらにタイプ1と呼ばれる機体もタイプ0に負けず劣らず強力であることも判っていた。


「辛うじて戦えそうなのは陸軍のP−38だが……艦載機として採用は出来ん。大統領が望むように

 決戦に臨めば我が艦隊は日本軍の基地航空隊と空母艦載機によって袋叩きにされる」


 キンメルの脳裏に、マーシャル沖で打ち沈められ行く米艦隊の姿が浮かぶ。

 アジア艦隊が壊滅しても尚、アメリカ海軍は戦艦14隻、空母5隻を保有する一大海軍だ。しかし現在は

失われた艦を補充する力は殆ど無い。

 これに対して日本海軍は続々と新型艦を就役させている。特に日本軍は空母の建造を急ピッチで進めている。

仮に消耗戦を行えば、根負けするのはアメリカ海軍のほうだった。


「いかん。このままでは合衆国は主力艦艇を根こそぎ失い砲艦外交さえ不可能となり、三流国に転落する」


 海の男であったキンメルであったが、この危機的状況で海軍のTOPという立場になっては、嫌でも

政治について考えざるを得なかった。そしてその結論が、これ以上の対日戦争は無謀というものだった。


(ドイツと取引するよりも、イギリスに講和の仲介を頼んだほうが良いのではないか?)


 曲がりなりにもイギリスは日米双方にとって友好国だった。ここに講和の仲介を頼めば、そんな酷いこと

にはならないのではないかとキンメルは考えた。


(だとすれば、急がなければ。合衆国と海軍のために)


 かくしてキンメルはガーナーと政治的距離をとりつつ、イギリスを仲介とした対日講和を行うべく

シカゴで動き始めることになる。








 あとがき

 提督たちの憂鬱第33話をお送りしました。

 インターバル的なお話でした。あとキンメル提督がいよいよ動き出します。

 尤も日本は本気でアメリカを滅ぼすつもりなので、無駄な努力になる可能性が高いですけど(爆)

 ドイツはブラウ作戦の失敗で、大打撃を受けました。まぁただでさえ無茶を重ねていましたので。

 尤も我らの総統閣下はまだしぶとく粘る予定です。

 それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第34話でお会いしましょう。


 あとがきの追記(2010年9月27日)


 第33話の内容を一部改訂しました。

 改訂前の表現だと、いきなり西海岸を潰すようにしか思えなかったので変更しました。

 急いで書き上げると問題がありそうですね(汗)。