1942年8月16日早朝、北米東海岸に巨大津波が襲い掛かる数時間前に宣戦布告を行った日本は、極東地域で大規模な軍事作戦を開始した。

 フィリピンへの攻撃には、第3艦隊と台湾に展開していた第12航空艦隊が、上海への攻撃には遣支艦隊と台湾に展開している第3飛行集団が

そして青島や奉天への攻撃は旅順と朝鮮半島に展開している海軍第11航空艦隊と陸軍第7飛行集団が行った。

 これらの攻撃には基地航空隊、空母部隊併せれば2000機を超える航空機が参加しており、史上有数の航空攻撃が行われたと言っても良かった。

 この世界史に残る規模の攻撃で、一番最初に痛打を浴びせられたのは、青島と奉天であった。距離的に最も日本軍基地に近い青島は、開戦と同時に

激しい空爆に晒された。

 陸海軍が共通して採用していた九五式陸攻や一式陸攻・銀河、さらに百式重爆・連山が目標に殺到した。勿論、米中軍ともに黙ってこれらを

見過ごすつもりはなく、迎撃に出た。しかしながら、彼らの戦力は、護衛のために同伴していた烈風、隼、飛燕に比べると余りにも非力であった。


「は、速過ぎる、追いつけない!!」


 迎撃に出た在中米軍のP−40のパイロット達は、あまりの自機と敵機の間にある圧倒的な性能差に驚愕した。

 彼らは出撃前には「所詮は黄色い猿の戦闘機。簡単に撃墜してやるさ」と言い放つほど自信に溢れていた。しかしそれが単なる慢心に過ぎなかった

ことを、今現在、彼らは嫌というほど思い知らされていた。

 P−40から食いつこうとすれば、あっさり逃げられ、こちらが烈風の後ろをついたと思ったら、いつの間にか相手の姿が視界から消える。

仮にこちらの12.7mm機銃が命中したとしても、簡単には落ちない。逆に日本機の20mm機関銃はP−40の装甲を撃ち抜いた。後ろに付かれた

ことに気付き、急降下で逃げようとした者もいたが、日本軍機から逃れることは出来なかった。

 P−40では歯が立たないとして、現在の米軍機の中でも最高の速度と火力を誇るP−38が日本軍機を迎え撃った。しかしP−38をもって

しても、烈風、隼、そして飛燕に勝てなかった。機動力で劣るP−38は日本軍機から見れば、良い鴨でしかなかったのだ。


「あれは本当に日本の飛行機なのか?! イギリスから譲ってもらった兵器じゃないのか?!」


 未だに日本人=黄色い猿との考えが浸透しているアメリカ軍人たちは、目の前を飛ぶ航空機がとても日本製とは信じられなかった。

 アメリカ人が目を疑う一方、日本人パイロット達は敵の不甲斐無さに驚いていた。


「これが、噂に聞くアメリカ陸軍航空隊なのか? 上の連中、いい加減なこと言いやがって」


 冬戦争に義勇軍として参加した加藤建夫は、アメリカ軍航空機が赤子の手を捻るかのように簡単に撃墜できたことに驚きを隠せないでいた。

 何しろ出撃前には、アメリカ陸軍航空隊は手強い敵であると散々に上に言われたのだ。


「まぁ良い。敵は弱いことに越したことは無い」


 そう呟いた直後、彼の乗る隼に1機のP−40が背後から襲い掛かった。P−40のパイロットは勝利を確信した。しかしその直後、照準機の

中から隼が消えうせた。彼は信じられないと目を見開き、周りを見回し、辺りに誰も居ないことを確認した直後、背後からの一撃で撃墜された。

 隼は元々高い機動性を、自動空戦フラップによってさらに高めていた。故に加藤は素早く、敵機の背後に回ることができたのだ。


「凄いぞ。九六式とは段違いだ」


 炎上しながら墜落していくP−40を見て、加藤は改めて隼の凄さを理解した。

 尤も、このとき彼我の性能差を最も理解していたのは、他ならぬ米中連合軍兵士たちだった。何しろ、撃墜されるのは自軍機ばかりなのだ。

これで自分達が優勢だと考えられる人間は居ない。


「美国軍め、でかい口を叩いて、これか!!」


 供与されたバッファローを操っていた中華民国軍のパイロットは、普段大きな顔をしている米軍パイロットを罵りながら、遁走した。

 しかし速度で劣るバッファローでは逃れることもできず、あっさり背後を取られ撃墜されていく。一方、一応味方なはずの中国軍の醜態振りを

見た米軍は、中国軍は頼りにならないことを痛感した。彼らは自分達だけで対処することを決意した。


「中国軍を頼りにするな! ジャップには2機掛かりか、それ以上で掛かれ!」


 これを受けてアメリカ軍は友軍と無線で連携して対応しようとするが、今度はその無線さえ通じなくなる。そう、連山を改造した電子戦機が

投入されたのだ。この機体は、アメリカ軍が使う無線のチャンネルを次々に使用不能にしていった。性能で圧倒され、友軍との連携すらも妨害

されたアメリカ軍に、もはや成す術はなかった。彼らは日本軍を倒すために戦うのではなく、自分達が生き残るために戦うしかなかった。

 迎撃に出ていたP−40、F2Aバッファロー、P−38は70機を越えていたが、最後まで生き残れたのはわずか8機のみ。まさに惨敗と

言える敗北を米中連合軍は遂げた。

 そして制空権を喪失した青島基地は、日本軍攻撃隊によってやりたい放題に叩かれた。飛行場に、桟橋に、ドックに、燃料タンクに次々に爆撃

が行われ、それらは灰燼と帰していった。旅順を攻撃するために準備していたB−17やB−24は悉く鉄くずと化し、滑走路も穴だらけになる。

 基地に据えつけられた高射砲も、必死に応戦したが、日本軍攻撃隊を押しとどめるような勢いはなく、逆に爆撃を受けて破壊されていった。

 停泊していた中華民国海軍艦隊は空襲を受けて、すぐに湾外に脱出したものの、魚雷を搭載した九五式陸攻や一式陸攻によってあっさり捕捉された。


「何て奴らだ、あんな機体で雷撃だと?!」


 軽巡洋艦平海(旧名:オマハ級軽巡洋艦リッチモンド)の艦橋にいたアメリカ海軍の士官は、大型機が超低空飛行で雷撃体制に入ったのを見て

絶句した。中華民国海軍の顧問として選ばれた彼は、それなりに経験豊富な人物であったが、目の前で行われているサーカスの曲芸の様な飛行は

見たことが無かった。


「ジャップには怖いという感情が無いのか?!」


 その疑問を発した直後、5発の魚雷が投下され、そのうち2発が右舷に命中する。旧式の軽巡洋艦である平海にとっては致命傷であった。

 しかも乗り組んでいる乗組員は大半が中国人で、ダメージコントロールもアメリカ軍人が行う場合より大きく劣っていた。そのため浸水が止まらず

傾斜はあっという間に酷くなる。


「総員退艦!!」


 傾斜復元は不可能と判断し平海は放棄された。残された軽巡洋艦寧海(旧名:オマハ級軽巡洋艦トレントン)も集中攻撃を浴びて、平海の後を追う

かのように沈みつつあった。2隻の軽巡洋艦は沈み、駆逐艦や潜水艦、水雷艇も残らず執拗な攻撃を受けて、青島に居た艦の大半が炎上していた。

 アメリカが長い間、少なからざる支援を行い、築き上げてきた中華民国海軍は壊滅しつつあった。

 しかしこの海軍の壊滅でさえ、中華民国が辿る苦難の道の一歩でしかなかった。












             提督たちの憂鬱  第23話












 青島基地に続き、中国大陸におけるアメリカ軍の橋頭堡である上海にも、日本軍の魔の手が伸びつつあった。

在中米軍を木っ端微塵に粉砕するべく、まず台湾北部に展開した陸軍第3飛行集団、そして空母5隻を擁する遣支艦隊が空爆準備をしていた。

 勿論、上海事変以降、治安維持の名目で強化されてきた在中米軍の迎撃に抜かりは無かった。P−38、P−40に加えて、海軍や海兵隊の

F4FやF2Aまでが迎撃に出た。これによって100機もの戦闘機が迎撃に出たのだ。

 しかし上海各地に潜伏させているスパイ達によって、上海にいる在中米軍の戦力を把握している日本軍は、これらの迎撃を正面から粉砕する

自信があった。

 山本は第一次攻撃隊を戦闘機のみで編成して、送り込み、上空の制空権を完全に掌握させ、つづけて本命の攻撃隊を送り込む作戦に出た。


「戦闘機隊の発進を急がせろ」


 遣支艦隊に所属する空母5隻が搭載する機は九六式戦闘機、九七式艦爆、九七式艦攻がメインであった。しかし烈風や流星などの新型機を

搭載しないだけ、数をそろえるころが出来た。祥鳳型軽空母は42機の常用機に、8機の補用機を搭載することができた。大鷹型は常用機23機

補用機4機を搭載している。これによって5隻あわせて200機近くの艦載機が運用できた。

 しかも九六式戦闘機は、旧式化が否めないとは言え、改良に改良を重ねた64型だ。20mm機関銃4門という重武装と、最高速度590キロ

という高速を誇る。アメリカ軍の戦闘機の性能が情報どおりなら互角以上に戦うことが出来るだろう。

 しかし山本としては、複雑な感情であった。何しろ目の前の九六式戦闘機64型、さらに烈風は山本や大西が主張してきた戦闘機不要論を根底

からひっくり返すものであった。戦闘機不要論を粉砕した嶋田は、そのまま日本海軍航空隊の生みの親と言える山本を、あっさり本流から外し

彼の盟友であった米内を軍から追放してしまった。米内を失い、間違っていた理論を声高に提唱していたという事実が山本の名声を大いに下げた。

 加えて博打好きの性格を危険視され、山本は連合艦隊司令長官の席さえ与えられなかった。名目上、連合艦隊司令長官と同格である遣支艦隊の

TOPになることはできたが、出世もそこまでだ。


「これが最後の花道という奴か……いや、同期への思いやりといったほうが良いのか?」


 祥鳳の艦橋で、山本は半ば自嘲するように呟いた。しかし彼自身は、自分がまだ恵まれていることを自覚していた。

 何しろ夢幻会の逆鱗に触れて軍からたたき出された将官は数知れない。片や自分は、多少疎まれたとは言え、海軍大将という地位にまでなった。


「これ以上、彼らの逆鱗に触れないように、頑張るしかないか」


 そういって、山本は部下達に内心を悟られないように命令を下した。


「陸軍第3飛行集団との連携攻撃が終わった後、間髪居れず杭州湾に侵攻する。ここで一気に橋頭堡を立てて、上海の背後を突く」


 九六式戦闘機や飛燕、隼によって構成される第一次攻撃隊は、100機あまりの迎撃隊と鉢合わせした。しかし連山による執拗な通信妨害に

よって100機あまりの迎撃隊は、部隊間の連携を妨害されてしまい、瞬く間に日本軍の戦闘機部隊によって逆に駆逐されていった。


「100機もの迎撃機が全滅だと?」


 在中米軍総司令官ジョセフ・スティルウェルは、上海におかれた司令部で、上海上空で行われた空戦の結果を聞いて目を見開いた。


「正確には10機程度が生き残っている模様です」


 航空参謀の言葉を聞いてスティルウェルは首を横に振った。


「全滅だよ、全くもって完敗だ。で、あの口だけの中国人どもは?」

「我が国が供与した兵器が全く役に立たなかったとして、厳重な抗議をしてきました。加えて、新型機の補充も要求してきました」

「又か!! 平然とガソリンや弾薬は横流しをして、たしなみだから言って麻薬を吸う。こんな連中が味方とは!!」

「閣下、落ち着いてください。敵はいずれ上陸してきます。これを叩かないといけません」

「制空権を奪われた段階でか……」


 苦々しい顔をするスティルウェルであったが、その渋い顔をさらに渋くする報告が齎される。


「閣下、敵の第二次攻撃隊です。今回は多数の双発機も確認されます!!」

「……取り合えず、我々は自分達が生き残れるように、手を打とう」


 そしてその後、30分にわたる激しい空爆が上海を襲った。この結果、上海に建設されていた各種軍事施設は大きく破壊された。

 飛行場が、港湾施設が、燃料タンクが、倉庫が次々に爆発炎上した。戦車など一部は地下壕に避難させていたが、それでも少なくない

数の車両が破壊された。特に装甲が薄いトラックは穴だらけになり、まともに使い物になるのが数えるほどしかなくなっていた。

 そして車両が破壊され、機動力が大きく落ちた米軍をさらに混乱させる報告が齎される。そう、日本軍が杭州湾に上陸してきたのだ。


「杭州湾だと?!」


 七了口を警戒していた米中軍としては完全に裏を突かれた形となった。

 杭州湾に設置されたトーチカの数は決して少なくは無かったが、入念な爆撃と砲撃によって、その数は著しく減じていた。

 かつて上海事変で派遣された戦艦扶桑、そして山城が36cm砲による猛烈な砲撃を現地に加えたのだ。いかに時代は航空機と

言っても、その火力は侮れるものではなかった。


「敵の抵抗は微弱。これなら一気に衝けるな」


 日本軍は作戦の成功を確信した。沖合いの輸送船で指揮を取っていた東条は、思わずガッツポーズを取った。

 彼は司令部のテーブルに置かれた戦略地図を見ながら、次のプランを行うことを決定した。


「慌てた米中連合軍が出てくるだろう、ここで敵野戦軍を撃滅すれば、上海は裸になる」


 東条の目論見どおり、米中連合軍はあわてて日本軍を迎え撃つべく動き出していた。

 両軍は後に上海決戦と呼ばれる戦いに臨もうとしていた。






 中国大陸で、アメリカ・中国連合軍が良いように蹴散らされている頃、日本軍は第12航空艦隊と第3艦隊の連携による波状攻撃をフィリピン

に行おうとしていた。

 第3艦隊は3個機動戦隊から構成される日本海軍の主力艦隊だった。その第3艦隊の編成は以下の通りである。


第3艦隊 小沢治三郎中将
 第1機動戦隊 小沢中将直率
  第1航空戦隊〔天城、赤城〕
  第3戦隊〔金剛、榛名〕
  第7戦隊〔妙高、最上、三隈〕
  第1防空戦隊〔那珂、駆逐艦12隻〕

 第2機動戦隊 吉良俊一少将
  第2航空戦隊〔蒼龍、飛龍〕
   第4戦隊〔比叡、霧島〕
   第8戦隊〔羽黒、熊野、鈴谷〕
   第2防空戦隊〔神通、駆逐艦12隻〕

 第3機動戦隊 角田栄治少将
   第3航空戦隊〔翔鶴、瑞鶴〕
   第11戦隊〔伊吹、鞍馬〕
   第9戦隊〔那智、利根、筑摩〕
   第3防空戦隊〔川内、駆逐艦12隻〕


 史実の第1航空艦隊より護衛する艦の数が増え、それぞれの機動戦隊で輪陣形を構築することが可能となっていた。

 しかしそれ以上に艦の質も高められていた。飛龍型空母は、排水量が19800tと大きくなったことで、搭載機も

常用・補用併せて77機となっていた。

 翔鶴型空母も排水量が34500tとなったことで、格納庫のスペースも大きくなり常用・補用あわせて96機となった。

 これらの空母6隻が搭載する艦載機は合計で500機近くに昇る。加えて多数の航空機を運用しやすいように全空母に

アングルデッキが採用され迅速な航空機の運用を可能にしていた。

 空母を護衛するために配備された艦艇も強力なものであった。金剛型は主砲こそ史実と同様だったが、ノースカロライナ級に

匹敵する防御力を与えられていた。加えて四五口径12.7cm連装高角砲6基12門、七〇口径40mm四連装機関砲7基28門

という強力な対空火器を搭載し空母の盾として十分な火力を有していた。

   だが、金剛型以上に凶暴な力を持つ艦がいた。そう、新型戦艦の伊吹型だ。

 伊吹型戦艦は旧式化した金剛型戦艦の代艦建造枠を利用して建造された高速戦艦だ。この艦は38000tという巨体であり

ながら空母に随伴出来るように30ノットという最高速度が与えられていた。勿論、伊吹型は速さだけが取り柄の船ではない。

 この艦は50口径41cm三連装砲2基6門を前部に集中配備していた。6門というのは些か数が少ないように感じられるが

1万5千〜1万8千の砲戦距離においては米戦艦の装甲を十分に貫通することができる能力を持っていた。

 加えて四五口径12.7cm連装高格砲10基20門、七〇口径40mm四連装機関砲20基によって強力な弾幕を

はる能力も備えられている。これらの戦艦がはる弾幕に護衛を勤める妙高型重巡洋艦、最上型、利根型軽巡洋艦が加われば、

史実の米機動部隊並みの弾幕をはることも可能だ。

 機動部隊の防空能力の高さを知る嶋田は「これを超えられるのはルナ・シューター以上の人間だけだ」と断言したほどだ。

 この日本海軍の屋台骨とも言える艦隊を預けられたのは、航空分野の第一人者とされる小沢中将であった。

 歴史を、さらに言えば仮想戦記に精通した者なら誰もが思うIF、『もしも第1航空艦隊を彼が指揮していたなら』という

IFを夢幻会は現実のものとしたのだ。

 小沢自身は夢幻会派でなかったが、夢幻会が行う各種の政策にある程度、理解を示している。そのことが彼の第3艦隊

司令長官就任を後押しした。

 こうして色々なところから期待されながら、小沢中将は第3艦隊司令長官となった。本人としては、何でそんな熱い視線を

向けるのか、非常に疑問であったものの、海軍の主力を指揮できることが彼の士気を高めた。

 しかしアジア艦隊と在比の米陸軍航空隊を殲滅するべく南下した小沢を待っていたのは思わぬ報告であった。


「港は空だと?」


 艦隊旗艦・赤城の艦橋で九七式偵察機からの報告を聞いた小沢は眉をひそめた。

 それに追い討ちをかけるように、航空参謀が新たな報告を告げる。


「はい。第12航空艦隊も発見できなかったようです。敵はフィリピン南部に脱出したのではないでしょうか?」

「ふむ……しかし、敵は戦艦4隻、空母1隻を含む有力な艦隊だった筈だ。それがむざむざと逃げるだろうか?」


 第3艦隊参謀長に抜擢された山口少将はそう言って疑問を呈した。闘将として名高い山口からすれば、戦艦4隻と空母1隻を持つアメリカ海軍が

あっさり逃げ出すとは思えなかった。


「どこかに身を隠して、我々を横撃する機会をうかがっているのではないか?」


 この言葉に小沢は頷いた。


「その可能性は高い。引き続き、索敵を行う」

「フィリピンへの攻撃は如何します?」

「作戦通り行う。我々の第一の目的は、フィリピンの敵航空戦力の撃滅だ」


 小沢としては敵の空母に横から攻撃を受けるリスクを負うのは避けたかったが、作戦の第一目標がフィリピンの基地航空隊の撃滅である以上は

それに逆らうわけにはいかなかった。しかし航空戦では先制攻撃を仕掛けることができるかどうかは重要だった。それを知る小沢は若干不満だった。

 小沢が不満そうな顔をするのを見て、航空参謀に抜擢された柴田は、そんな小沢を宥める。


「まぁ上の連中の言うとおりなら、米軍が攻撃を仕掛けてきても事前に察知することはできるでしょう」


 嶋田が主導する形で、日本海軍は史実の米軍のように重厚な防空網を構築していた。度重なる演習の結果、この防空体制は非常に有効である

ことが認められていた。


「取り合えず、基地航空隊を潰しましょう。そうすればアジア艦隊に対して優勢を確保できます」


 山口は正面から押し潰すべきだ、そう主張した。これを聞いて、小沢は決断を下した。


「判った。まずはフィリピンの米航空隊を撃滅する」


 この小沢の決断によって第3艦隊は、台湾に展開する第12航空艦隊と共にフィリピンに対して空爆を開始した。

 最初に日本軍攻撃隊を迎え撃ったのは、18機のP−40、12機のP−35の30機であったが、性能で、技量で劣る彼らでは攻撃隊の

護衛についていた烈風や隼の前に全く成す術が無かった。特にP−35は第一線の機体とは言えないものであったので、P−40よりも一方的に

撃墜されていった。

 空戦がはじまって数分で、米戦闘機隊の姿は完全に見えなくなった。烈風の猛攻を辛うじてかわした敵機は、我先に逃げ出してしまったのだ。


「ソ連軍より不甲斐無いな」


 攻撃隊に参加した坂井はアメリカの戦闘機隊の弱さを見て、半ば呆れたように呟いた。冬戦争で圧倒的な数のソ連軍機を敵にして戦った彼から

すれば、今回の戦闘はあまりにも難易度が低いものであった。

 フィリピンにいた空軍部隊はそれなりに増強されてはいた。しかしロング政権は中華民国政府との連携や、日本本土攻撃に備えて在中米軍の

増強に力を入れていたために、在比米軍には未だに旧式の戦闘機が少なくなかったのだ。

 しかしそんな事情を坂井たちは知る由も無かった。


「このまま帰るのも勿体無い」


 空戦が終わると、弾薬に余裕のある烈風は地上を入る車両や、飛行場に残っている航空機に対して機銃掃射を行った。

 飛行場やその周辺が好き勝手に叩かれているころ、マニラ湾のキャビテ軍港にも攻撃隊が襲い掛かっていた。小沢たち第3艦隊の首脳陣は

最初の一撃で、この軍港もろとも米アジア艦隊を葬り去ろうと思っていたのだが、米アジア艦隊司令長官ハート大将はその思惑を予め予測し

主力艦をフィリピンの中部に分散して離脱させていた。

 よってキャビテ軍港に残されていたのは、駆逐艦、魚雷艇、潜水艦、掃海艇など小艦艇のみであった。しかしだからといって日本海軍が容赦

する必要などはない。第3艦隊から発進した180機もの攻撃隊、そして第12航空艦隊が放った90機の攻撃隊、合計270機に昇る航空機

がキャビテ軍港に襲い掛かった。

 爆音に驚いたハート大将が、司令部が置かれたビルからマニラ湾を望むと、海軍工廠などの港湾施設が次々に破壊され、港に残されていた

小艦艇に爆弾や魚雷が次々に命中していく様子が確認できた。米軍艦艇も必死に機銃で応戦しているが、それはあまりにも非力であった。

 日本海軍の攻撃隊は何者にも束縛されることなく爆弾や魚雷を投下して、破壊の限りを尽くしていった。これによって港に残っていた艦艇は

その全てが破壊されてしまった。

 さらに爆弾の一発が、魚雷集積所に命中して、そこに積み上げられていた200本以上もの潜水艦用の魚雷を爆発させた。

 護衛の烈風は、戦う相手がいないので、坂井たちと同じように地上の施設に対して銃撃を加えた。哨戒に出ていなかったカナリア飛行艇20機

ほどがこの機銃掃射によって炎上した。

 水上艦艇はあらかじめ分散していたのでこの空襲による被害は最小限に抑えられたが、キャビテに集中していた潜水艦隊は壊滅的打撃を受けた。

特に備蓄していた魚雷を根こそぎ失ったために、潜水艦隊は事実上、その戦力を喪失したのだ。さらに海軍工廠は壊滅的損害を被り、キャビテは

軍港としての機能を半ば失うことになった。





 中国大陸とフィリピンで、日本軍の攻撃が成功したとの報告は、即座に大本営に齎された。


「アジア艦隊の主力こそ取り逃したが、他は概ね成功と言ってもいいだろう」


 政府、軍の主だった幹部が集まった会議室で、嶋田はそう言って緒戦の戦果を総括した。

 確かにアジア艦隊主力を取り逃したのは痛いが、キャビテ軍港は事実上無力化されていた。これによってアジア艦隊は根拠地を失った。

 根拠地なき艦隊はいずれ無力化できる……嶋田はそう考えていた。


「電子戦機の威力は見込みどおりのものだった。空母に搭載可能なサイズのものの開発できれば、空母戦闘で優位に立てる」


 空戦で一方的な勝利を挙げることができたことが嶋田の機嫌を良くしていた。


「太平洋艦隊も、本国が滅茶苦茶になっているために出撃してくる雰囲気は無い。戦略の第一段階はクリアできそうだな」


 この嶋田の言葉に、出席者全員が同意するように頷いた。そのあと、辻が顎をなでながら言う。


「それにしても『幸い』でした。アメリカ東部は事実上、津波によって壊滅。アメリカの国力はガタガタになっています。

 全く、国粋主義者や、一部の狂信者が言うように、神風というのはあるのかも知れませんね」


 衝号計画のことを知っている人間は、全員が辻の面の皮の厚さに呆れたような顔をした。


(((お前がそれをいうか)))


 しかし誰も辻を責めることはできなかった。何しろこの場には、夢幻会に属していない人間や、衝号計画を知らない人間も居る。

 下手なことを言って、この津波が自分達の仕業であると勘繰られたら堪らない。それに、彼らもこの非業に自分達が加担していることを

自覚していた。ここで全ての責任を辻一人に押し付けるほど、彼らは無責任ではなかった。

 尤もだからと言って、辻のように平然とすることは出来ない。


(会合の席で皮肉の一ダースでも言ってやる)


 嶋田は内心でそう呟くと会議に意識を集中させる。


「不謹慎だぞ。それに我が国の人間も多数巻き込まれているのだ。これを考慮すれば、あまり『幸い』とは言えないだろう?」

「それもそうですね」


 現地日本人は、日米戦争間際ということで事前に出来る限り帰国させていた。しかし全員を帰国させることはできなかった。このために

大西洋で発生した津波によって、少なくない数の日本人が犠牲になっていた。その中には、大使館の人間も居た。


「大使の国葬をしなければならないな」

「それは全てが落ち着いてからですよ」

「判っている」


 アメリカに張り巡らせたスパイ網、そして津波による被害を受けた地域から悲鳴のように発せられる救援要請によって、日本政府はアメリカが

甚大な損害を受けたことを理解していた。心優しい人間なら、ここで助けの手を差し伸べるのだろうが、そんな気は、この日本政府にはさらさら

無かった。


「アメリカが混乱している今こそ、戦果を拡大する絶好の機会だ。情け容赦は不要だ」


 こうして日本軍は、各地でさらなる攻勢に出ることになる。







 あとがき

 提督たちの憂鬱第23話をお送りしました。

 日本軍の攻撃で、いきなり米軍大打撃です。しかも補充は利きません。本国が大変なので。

 次回は上海の攻防と、アジア艦隊との決戦になる予定です。

 それでは拙作にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第24話でお会いしましょう。






 兵器スペック



九六式艦上戦闘機六四型
最高速度597km 
航続距離2000km 
上昇限度1万4千m
エンジン<金星五五型>空冷エンジン1850馬力2段過給器付
武装20mm機関銃×4



九五式陸上攻撃機三ニ型
全長:16.5m 全高:4.2m 全幅:20.6m
最高速度:454km 航続距離:3200km 実用上昇限度:8千m
自重:5980kg 乗員数:5名
エンジン:<火星ニ三型>空冷エンジン1850馬力×2
武装:12.7mm機銃×4、800kg爆弾×2(もしくは250kg爆弾×6、魚雷×1)



一式陸上攻撃機「銀河」
全長:12.1m 全高:4.2m 全幅:12.7m
最高速度:689km(ロケットブースター使用時:748km)
航続距離:3800km 実用上昇限度:1万m
自重:7280kg 乗員数:2名
エンジン:<流星>液冷エンジン1600馬力
武装:20mm機関砲×4、爆弾1トン(もしくは魚雷×1、対艦ミサイル×1)



百式重爆「連山」
全長:21.0m
全高:6.2m
全幅:31.10m
最高速度:465km/h
航続距離:2,600km(最大爆装時)〜4,500km(標準爆装時)〜5,000km(偵察時)
上昇限度:8,000m
発動機:流星1700馬力液冷V型12気筒エンジン4基
武装:12.7mmM2機関銃6門
・機首単装1基1門
・背部連装1基2門
・底部連装1基2門
・尾部単装1基1門
爆装 最大7,000kgまで 標準2,000kg
乗員:8名