フィンランド・日本の連合軍がソ連軍を相手に激戦を繰り広げている頃、中国大陸は小康状態を維持していた。

 日本やドイツが重慶周辺の土地を租借して、国民党の盾となったことに加え、張作霖もこれ以上の戦線拡大は厳しいと判断したからだ。


「あの男とは、何れは決着を付ける」


 張作霖は、必ず蒋介石を叩き潰してやる、と側近に漏らしていた。

 実際、彼は国民党にトドメを刺すための重慶攻略作戦のために軍備増強と占領地の統制に力を入れていた。その中で彼は共産党狩りに

より力を入れていた。

 同時に張作霖はさすがに米国に頼り切るのは拙いと判断し、幅広い支持を受けるために色々と策を練っていた。

 その中でも共産党対策は、欧米の資本家たち、そして日本の支持を受けるには丁度良かったのだ。


「共産党は徹底的に潰せ。奴らを潰せば、欧米からの支持が受けやすいし、今後の憂いも絶てる」


 張作霖の指示を受けた奉天軍は、各地で大規模な赤狩りを行った。しかし元々軍閥あがりで錬度が低い部隊が多かったために誤認も多く、

無実のはずの人間が冤罪によって処刑されることも少なくなかった。さらに酷くなると略奪や暴行まで行われる始末であった。

 だが圧制によって一般国民が虐殺される傍らで、共産党は確実に追い詰められていた。拠点となる農村も片っ端から捜査を受け、共産党の

協力者が次々に拘束、処刑されていった。経済的締め付けも行われ、彼らはますます困窮していく。

 そして追い詰められた中国共産党は、遂に元凶(?)である張作霖の排除に乗り出した。そう、お得意のテロ攻撃で。

 ただ今回は、自分達がやったことがバレたら、総攻撃を受ける破目になるので、国民党によるテロという形を取った。


「世界革命のために、帝国主義者同士で戦わせればいい」


 共産主義という名の宗教で自己正当化を行う共産主義者達は、表向き愛国者の振りをして策謀を進めていった。

 そして謀略を進めていく内に、彼らは張作霖が前線に視察に向かうこと、そしてそれに鉄道を使うことを掴んだ。これを絶好のチャンスと

見た策略家たちは、誰にも悟られないように事を推し進めた。

 彼らの隠匿は見事であった。日本やアメリカが全くその兆候を掴むことが出来なかったのだから。

 そして第一次満州事変の切っ掛けとなる張作霖暗殺事件が発生することになる。




 張作霖が乗った列車が北京郊外で爆破され、張作霖が死亡した……その予想外の報告を受けた夢幻会は驚愕し、そして狼狽した。


「まさかと思うが陸軍の過激派が動いたというのは?」


 辻の問いかけに、東条が強い口調で反論する。


「それはあり得ない。特務機関はこちらがきちんと手綱を握っている。そもそも彼を今殺しても得はない」

「だということは第三者の仕業か……国民党か、共産党か、それとも他の列強か」


 そこで嶋田が自身の意見を述べる。


「候補としては共産党、国民党、ソ連の順番なのでは? 共産主義による新たな王朝創設を目指す共産党にとって彼は目障りでしょうし」
 
「だが米国がやったというのもあるのではないか?」


 東条の言葉に嶋田は目を剥いた。


「何故です?」

「張作霖の息子・張学良はボンクラ息子だ。米国が張学良を傀儡にするために、張作霖を排除する可能性は否定できない」

「………」


 それはないだろう、とは嶋田も言えなかった。何しろ中国、メキシコで、米国の好戦的なやり方を目にしているのだ。

 話がこれ以上は進まないと判断した伏見宮が最終的に決断を下した。


「あらゆる場合を想定して調査を行うことにしよう。あと米ソ中三ヶ国の軽挙妄動に備えて暫くの間、警戒を強める」


 夢幻会の決定によって、直ちに日本政府は在中の諜報員を総動員して調査を開始した。

 地球の反対側に戦線を抱えている今、イレギュラーの発生は避けたい……それが彼らの本音であった。

 しかしそんな彼らの思いをよそに事態はさらに加速していく。
 
 米国政府は中国でのテロ対策と称して在中米軍のさらなる増強を発表した。米政府は占領している上海をお得意の物量に物を言わせて要塞化

して中国への強固な橋頭堡としていく。これだけでも脅威だったが、米国政府は奉天軍への旧式艦艇の譲渡さえ行う素振りを見せ始めた。


「オハマ級軽巡洋艦や平甲板型駆逐艦、それに潜水艦の譲渡か。拙いな」


 呉鎮守府の司令長官の執務室で、関連する報告を受けた嶋田は苦い顔をした。

 青島に中国海軍、上海に米海軍、陸軍航空隊が出張れば、日本のシーレーンは危機に瀕する。彼らが圧力代わりに嫌がらせをする危険性も

あった。シーレーンを守ることが存在理由である海軍にとっては、それは許容できるものではない。


「それにP−40を中心とした戦闘機隊、B−17を中心とした爆撃機部隊……見ている分は格好良いが、実際に相対するとなると」


 嶋田は米国機の様子を思い出すとため息をついた。


「伊吹型戦艦を見せ付ければ、ある程度は威圧できるだろうが……防空と港湾での潜水艦対策を強化しなければ」


 港を出た途端に潜水艦にやられては身も蓋も無い。ちなみに史実では陸軍のほうが対策が早いという惨状である。


「三度も同じ過ちを繰り返すことがないようにしないと」


 賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ。すでに歴史からも、経験からも学んでいる彼らに三度目の間違いは許されない。

 だが、世の中には学習できない者もいる。派手な仕事ばかりを好み、地味な仕事を嫌う者も少なくない。


「機雷による潜水艦封じ、九五式飛行艇による哨戒網の充実。陸軍や海保も巻き込まないと……何で皆地味で面倒な仕事ばかり増える?」


 「海軍省や軍令部から適当な人間を引っこ抜いたほうがいいな」と口の中でぼやきつつ嶋田は仕事に取り掛かった。









                提督たちの憂鬱  第13話








 米国の強引な中国進出は、日本国内でアメリカに対する警戒感を喚起することになった。


「このままではメキシコや中国の二の舞になる!」


 現政府のやり方に不満を抱く人間達はそういって民衆を煽り立てた。

 夢幻会は世論操作を目論んだが、あまりに米国のやり方が露骨なために、さすがにフォローすることができず軍拡機運が高まっていく。

 日本政府としては必要以上の軍拡は財政破綻を引き起こしかねないので躊躇したが、民意を完全に無視することもできなかった。何しろ

日本はあくまでも民主主義国家であるのだ。そしてその民意は海軍の増強を、特に国家の象徴である戦艦の建造を求めるようになる。


「正面から米国と遣り合って勝てる訳がないだろうが……」


 大蔵省の次官室、そこで戦艦の新規建造を求める記事を読んでいた辻は深いため息をついた。


「ははは。君でも手を焼くことがあるようだね」


 来客用のソファーに座っている男が、辻の様子を見て笑った。


「笑い事じゃないですよ、高橋さん」


 苦い顔をした辻は、そう言って男を睨んだ。男の名前は高橋是清。高齢にも関わらず近衛内閣の大蔵大臣になった男だ。

 史実では軍事予算の削減問題を巡り軍部と対立した挙句に2.26で暗殺されてしまった。しかしこの世界ではそんなことは起こらずに

夢幻会のバックアップの下、辻と共に景気対策に辣腕を振るっていた。

 彼らの努力の結果、黒部ダムと関連の水力発電施設は無事に建設され電力不足は大幅に解消。北海道、東北地方の開発も順調に進んだ。

 東北地方で娘を売りに出さざるを得ない貧農も大幅に減り、多数の日本人が史実よりマシな生活を送れるようになっていた。


「この国はまだまだやらなければならないことが多い。戦艦の建造なんて愚の骨頂と言えます。唯でさえG号計画で予算を食っているのに。

 余分な金なんてもう残っていないというのに……」

「仕方ないだろう。国民も不安なんだよ。まぁ問題はその不安を煽る野党やブンヤか」

「国民の不安を利用して、野党は政権を取ること、マスコミは部数を稼ぐことしか頭にない。全く、どいつもこいつも」


 辻は髪を掻き毟りつつ、ぶつぶつと不満を漏らす。普段の辻の姿を知る人間からすれば天変地異の前触れとしか思えない行動だった。

 勿論、辻もそのことを自覚している。こんな行動をするのは、彼が信頼している人間の前だけだ。


「ははは、仕方ないさ。この国では民主主義というのはまだまだ日が浅い。欧米のようにはいかない」

「この国が成熟するにはまだ時間が掛かりそうですね……金銭的には豊かに出来ても、精神面ではまだまだということですね」


 高橋はこのあとも際限なく漏れる辻の愚痴を聞き続けた。そしてひと段落が着いたと判断すると切り出す。


「で、どうするつもりだね?」


 高橋の真剣な問いかけに、辻は気分を切り替えて答える。


「表向きは戦艦の建造を予定しているとでも公表すれば良いでしょう。欧州大戦に本格参戦するとなれば建造は中止できます」

「偽装か」

「まぁ欧州での戦争で、航行中の戦艦が撃沈されれば文句が付かなくて最高なんですが、それをすると」

「米国が空母を量産しかねない、か。確かに君たちの話の通り、あの国なら出来ないことはないだろうな」


 ノースカロライナ級戦艦2隻、サウスダコダ級戦艦4隻の6隻に飽き足らず、アイオワ級戦艦の建造すら米国は決定していた。

ビスマルク対策としてモンタナ級戦艦の建造も推進している。勿論、米国は空母や巡洋艦以下の艦船の建造にも熱心だった。

 このまま放置しておけば連合艦隊を凌駕する艦隊を作るのは間違いない。

 片や日本は主に伊吹型戦艦2隻、翔鶴型空母2隻(3万トン級)、祥鳳型軽空母3隻、それに商船改造の空母や揚陸艦の建造を行っていた。

日本としては十分に大きな建艦計画であったが、米国の建艦計画に比べると心もとないことは否めない。


「あれだけ経済を痛めつけられて軍備を整えるほうが常識はずれですよ。英仏独は涙目状態なのに」


 辻たちが散々に金を毟り取ったせいで、イギリスやフランスの軍備はお寒いものであった。

 イギリスでは空軍はスピットファイヤの配備が遅れ、海軍ではKGV級戦艦、イラストリアス級空母の建造が遅延、陸軍も装備の更新が

遅れている。これで本当にドイツと戦えるのか、と思えてくる程だ。

 フランスはマジノ線に予算をつぎ込みすぎて、海軍はダンケルク級の建造で手一杯という有様で、陸軍ではソミュアS35中戦車の

生産・配備が大きく遅れていた。フィンランドで日本の戦車の活躍に刺激されたのか、戦車の増産を要望する声もあったが、先立つもの、

具体的に言えば金がないフランスはこれ以上の生産を急ぐことができなかった。まぁそれ以前に生産体制とか運用方針とかが問題あるので

金があっても劇的に変わると言い切れないのが、フランス陸軍の惨状であった。


「ドイツは頑張ってビスマルク級を何とか建造していますが、実質はお寒い限りでしょうね」


 基準排水量42000t、42cm砲連装4基8門、最高速度28ノットの超弩級戦艦とされてはいたが、史実のビスマルクを知る

人間からすれば眉唾物であった。

 「どうせ、かなり無茶しているんだろう?」、そう嘯く人間すらいた。どちらにせよ、たかが1隻として夢幻会ではさほど問題視は

されていなかった。むしろ米国の警戒を買ってくれてありがとう、そう思う人間すら居る。


「ま、彼らが戦艦なんていう旧時代の遺物に血眼になったおかげで、こちらはハインケルンやフォン・ブラウンなどの有名所を押さえる

 ことが出来ました。企業買収で技術やプラントも買収できました。あとはドイツが派手に暴れるのを待つだけですね。くっくっく」

「……確保した技術者は?」

「最初はドイツから出ることを渋っていましたが、色々と手を回して、ドイツから出国して頂きました。くっくっく。

 今はアルゼンチンなど幾つかの中立国に居ます。いずれは日本にご足労願います」


 さすがの高橋もこの言葉に、顔を引きつらせた。辻が裏でコソコソとアクドイことをしていることは明らかだった。


「……恨まれるようなことを、していないだろうな?」


「いえいえ、私はそんな真似はしませんよ。私はちょっと、彼らの背中を押したり、助け舟を出しているだけですよ」


 「私は清く正しい男ですから」、そう嘯く辻に高橋も乾いた笑みしか浮かべられなかった。

 尤も同時に辻がいつもの調子に戻ったことに安堵した。やはり彼はこうでなくては……高橋は心の中でそう呟いた。


「いずれ、彼らには日本企業に貢献してもらいましょう。岸さんとも話を通しておきます」

「それと軍との折衝、頼むぞ。冬戦争、あまり長期化してもらっては困るからな」

「任せてください。盛大に恨まれ役を買って見せますよ。その代わり、大蔵省の取りまとめをお願いします」







 ソ連軍の攻勢が頓挫してから、冬戦争は小休憩に入っていた。

 ソ連軍は総司令官をティモシェンコに交代。同時に各地から抽出可能な部隊を集めてフィンランド総攻撃の準備に取り掛かった。

 就任直後、ティモシェンコはスターリンにモスクワ周辺の部隊だけではなく、シベリアの精鋭部隊をフィンランド戦線に送るように

直訴したが、返ってきた答えは否であった。


「日本が極東で動く可能性がある。簡単には部隊を引き抜けない」

「しかしフィンランドを攻略するには、寒さに慣れたシベリアの部隊が必要不可欠です。それに日本軍を撃破するには十分な兵力も必要です」


 日本軍の九七式中戦車や九六式戦闘機に、ソ連軍ご自慢の戦車部隊や航空部隊が大敗を喫したことは、ソ連軍内部に激震を走らせていた。


「日本軍の中戦車が、こちらの主砲を弾き返した?!」

「そんな重装甲を持っている上に、こちらの戦車部隊を翻弄できる機動力だと? 馬鹿な、どんな足回りをしていると言うんだ?!」

「時速580キロを超える高速戦闘機だと、馬鹿も休み休みに言え!!」


 本来なら敗者の言い訳といって切り捨てるところだが、スターリンはここで逆にソ連軍近代化の必要性を痛感した。

 スターリンはKV−1が九七式に完敗したことに衝撃を受けて、新型戦車の開発を厳命した。また、それと並行して九六式戦闘機に勝てる

戦闘機の開発も進められている。

 史実では空冷エンジンへの偏見(空気抵抗によって高速発揮が不可能)との理由で開発が中止されたI180が、同じ空冷エンジンの九六式の

活躍を見て開発を再開された。さらに監視付だが、これまで投獄されていた、又はシベリアに流刑にされていた技術者を現場に戻すなど

比較的柔軟な対応をスターリンは行い、新兵器開発に当たっていた。ただ彼が平然としていた訳ではない。むしろ怒り狂っていた。

 ただ人間というのは怒りすぎると逆に冷静になってしまう時もある。それが彼の冷静さを支えていたのかもしれない。


「多砲塔戦車は不要。これからは九七式に対抗できる新型戦車の開発に当たれ」


 同時にスターリンは多砲塔戦車の開発を完全に中止させた。無駄なものに金と人をつぎ込むほどソ連に余力がないことを彼は理解していた。

 何はともあれ、ソ連軍は日本軍強しの印象を受けていた。その影響か、ティモシェンコは日本軍を撃破するには相当の兵力が必要になると

判断していた。幾ら強くても、1対5、1対10となればもみ潰せる……それが常識的な考えであった。

 しかしそんなティモシェンコの要望はあっさり却下される。


「極東で日本が火事場泥棒をしないとも限らない。それに満州や中国の情勢も無視できるものではない。在中米軍は増える一方だ」


 米国は表向きこそソ連に配慮しているが、冬戦争の対応を巡り次第にギクシャクし始めている。警戒は必要だった。


「それは……」

「異論があるのか?」


 スターリンが睨みつけるのを見て、ティモシェンコは言いよどんだ。さすがにこれ以上は拙いと判断したからだ。

 尤もシベリアから部隊を引き抜けたとしても、それがどこまで役に立つかは微妙だった。日本はソ連が誕生した直後から、ソ連弱体化工作を

仕掛け、軍や政府機関の弱体化に勤めていた。これによりソ連極東軍は麻薬、賄賂が横行するようになり骨抜きにされていった。さらに日本は

亡命してきたロシア人女性や亡命者の娘をスパイに仕立ててハニートラップまで仕掛け、極東軍の内情を粒さに把握している。

 勿論、これらの実情はモスクワにまで届いていない。下手に事が露見すれば自分達の首が飛ぶ…そう思った当事者達は必死に真相を隠していた。


「……極東からの兵力抽出は許可できないが、航空戦力は増強しておく。スペイン内戦で活躍したパイロット達を送る。飛行機もだ。

 爆撃機を300機も送れば、さすがの日本軍でも対応することはできないだろう」

「………判りました」


 これ以上の説得は無理、そう判断したティモシェンコは引き下がり、フィンランド総攻撃のための準備に専念した。

 しかしソ連軍が新たな攻勢に向けて準備に取り掛かっている様子は、十二試陸上偵察機によって即座に察知されることになる。


「かなりの大兵力だな」


 偵察員はつぶさにソ連軍の状況を記録した。勿論、この偵察機を撃ち落すべくソ連軍は戦闘機を差し向けるが、串型エンジンの上に

加速用ロケットを噴射すれば750キロを超える最高速度を誇る十二試陸上偵察機は、必死に追いすがるI15やI16を振り切って

悠々と帰還した。

 十二試陸上偵察機が持ち帰った報告に、フィンランド軍最高司令部は色めき立った。


「日本から供与された重機によって要塞線を強化しているが、これだけの大兵力を支えきれるのか?」

「貼り付けている6個師団はソ連軍の間断なき攻撃で疲弊している。交代する予備だって乏しいぞ」

「航空部隊もだ。それに日本から供与されているからと言って、彼らに全ておんぶに抱っこでは……」


 フィンランド軍最高司令部の軍人達は、これまでの戦果に誇りを持っていたが、同時に日本に頼りすぎることにも懸念を示す者もいた。

 フィンランド軍最高司令官であるマンネルハイムもその一人であった。


「政治家達はことを楽観視しすぎている。日英仏が介入しすぎればドイツを刺激する。それに我が国は無限に戦える訳ではない」


 日本からの予期せぬ大規模支援、そして自軍の大活躍にフィンランドの政治家達は舞い上がっていた。彼らはさらなる戦果の拡大を求め

るようになっていた。勿論、彼らとて自国が有利な講和を行うためと思ってのことなのだが……彼から見れば自殺行為であった。


「我が国が戦えるうちに和平をしなければならないのだ。戦えなくなってからでは遅い」


 しかしながら彼の早期講和を、との主張は今の戦況では中々受け入れられない。

 そのような状況の下、杉山たちは機先を制するためとして、レニングラード空爆をマンネルハイムに提案する。


「雲霞のごとく湧き出てくるソ連軍を一々潰していたら限がありません。ここはソ連軍の兵站拠点であるレニングラードの軍需工廠に

 爆撃を行って連中の動きを封じたほうが効率が良いでしょう。うまくすれば春まで時間が稼げます」


 春になれば、フィンランドの大地の雪が溶けて文字通り泥沼となる。そうなればソ連軍とは言え、簡単には動けなくなる。

 そこに講和のチャンスが生まれる。逆に言えば春を過ぎても講和が成立しなければ、フィンランドの独立は風前の灯となる。今しばらくは

フィンランドという国が存続したほうが、都合が良いと判断していた夢幻会は、最後の大盤振る舞いとして空爆計画を承認した。


「フィンランド・ソ連の停戦が成立しない場合、フィンランドの敗北が決定的になった場合、義勇軍を早急に引き上げる」


 杉山は空爆計画を練る傍らで、日本本国、いや厳密に言えば夢幻会の面々と協議を重ねていた。

 勿論、そんなことは億尾にも出さずに、杉山たちは通訳を通して、マンネルハイムとの話を進める。


「我が国が今回派遣した九五式陸攻を動員すれば、レニングラードの施設に十分な打撃を与えることは出来るはずです。

 このままジリ貧になるよりは望みがあると思います」

「リスクが高すぎる。それに貴方達が消耗しすぎれば、ソ連軍が攻勢に出たとき、対応できる部隊が減ってしまう」


 あまりにリスクが高い賭けに、さしものマンネルハイムも顔をしかめた。

 現在、フィンランド軍は日本からの戦争前からの梃入れと、戦争後の早急かつ適切な支援のおかげで史実より幾らか余裕があった。

スウェーデンのサーブ社が日本からの支援とは言え、九六式戦闘機に準じる強力なサーブJ9を開発し、これをフィンランドに輸出していた

こともフィンランド軍の劣勢を補っている。さらに龍驤が後方で裏方に徹して航空機の整備に従事しているおかげで、航空機の性能も

十二分に発揮できている。史実と比べればかなり有利と言えた。

 勿論、日本の支援は航空機だけに留まらない。フィンランドの貧弱な戦車部隊を強化するために、九二式軽戦車をフィンランド軍で上手く

使えるように改装して提供した。一応、有償であるが返済期間は長いものであり、半ば無償提供と言っても過言ではない。

 しかし日本の支援があると言っても、戦争そのものをひっくり返せるほどの有利さは無い。


「勝算はあります」


 杉山はマンネルハイムの懸念を払拭するべく作戦について詳しい説明を行う。

 それを聞いたマンネルハイムは暫し黙り込み、得られるものと必要になるリスクを天秤にかけ、最後に決断を下した。


「……判りました。日本軍にレニングラード空爆を要請します」


 承諾の言葉を聞いて安堵する杉山たち。だがそのあとに続いたマンネルハイムの言葉に驚かされる。


「ただ、囮の戦闘機部隊には我が国の戦闘機部隊も参加させたい」

「……宜しいのですか?」

「実行する以上は可能な限り戦力を集中させたほうが良い。そうでしょう?」


 そういうマンネルハイムだったが、実際には日本軍がこの地に留まるうちは、可能な限りこき使うためでもあった。


(いずれ日本軍もこの地から引き上げざるを得ないだろう。それまでに日本軍の戦力を最大限利用しなければならない。

 それに日本軍に頼りっぱなしというのも面白くない。ここでフィンランド軍もある程度戦っておかなければ和平交渉での発言力が

 弱くなってしまう)


 杉山たちが帰ったあと、彼は日本から供給されたインスタントコーヒーを啜りつつ、今後の戦略を練った。






 遣欧軍から日芬連合軍によってレニングラード空爆作戦を行うとの報告を受けて、夢幻会はいよいよ事態は最終局面に移ったと

判断した。なぜか野菜とか肉とかが焼ける香りが漂う部屋で、彼らは今後の方針を話し合った。


「これでソ連軍の軍需施設に大打撃を与えることが出来れば、攻勢時期をずらすか、攻撃の規模を縮小させることができるでしょう」


 東条の言葉に、他のメンバーも同意するように頷いた。辻は頷いたあと、即座に情報局長の田中にソ連の状況を尋ねる。


「ソ連はどうなっています?」

「ソ連軍では冬戦争での衝撃から、新兵器開発が加速したそうです。これで彼らも独ソ戦を戦えるでしょう」

「ふむ……今回の派兵目的の大半は達成できたということですね。予算もかなり食いましたし、さっさと撤退したいところですよ」

「せめて趨勢がある程度見えてからにしてください」

「やれやれ、東条さん、貴方も強欲ですね。まぁいいでしょう。ですがこれ以上の増援は出せませんよ?」

「判っています。現有兵力で決着させます。それより問題は中国です。ここで悪いニュースと、良いニュースがあるんですが、どちらを

 先に聞きたいです?」


 東条の話を聞いた夢幻会メンバーはため息をついた。


「取り合えず悪いニュースからで」

「まず張学良が、張作霖の息子とは思えないほどのボンクラでバランス感覚がないということです」

「米軍を満州に招き入れると?」

「可能性大と言えます。満州でのバランスが大きく崩れる可能性が高くなりました」

「面倒ですね。満州を完全に米国が抑えると色々と煩い人が沸いて出ますからね。あと満州にB17が配備されたら拙いですし」


 米国が日本周辺をぐるりと囲めば、日本はいつでも息の根を止められる状態に陥る。

 今でも国力差で圧倒されているのに、さらに周辺まで囲まれたら、殆ど詰んだ状態になる。


「良いニュースですが、調査の結果、張作霖暗殺事件の犯人は中国共産党でした。後、蒋介石も自分達に濡れ衣を掛けられたら堪らない

 ので彼自身のコネ(主に裏社会)を使って調査したようです。そして彼らの調査結果は、我が国の結果とほぼ一致したようです」

「確定だな。米国も大規模な共産党討伐に乗り出すな」

「はい。これで米国は、共産党の本格的な撃滅に乗り出すでしょう。これを利用すれば米ソをさらに分断できるでしょう。

 それに国民党の命脈もある程度は長らえる筈です。その間に工作を進められます」


 中国を分断する気の陸軍関係者はそういってニヤリと笑った。

 だが笑ってばかりではいられない。彼らは戦争になった場合、朝鮮が、最悪の場合、西日本が戦場になることも想定して戦略を

練らなければならない。メンバーは各自の部署に持ち帰って検討し、後にまた会議で話し合うという結論に到った。

 議論がある程度落ち着いた頃、伏見宮が切り出す。


「それより、もうそろそろ肉が焦げる……あとは取り合えず食べながらでいこう」

「……それもそうですね」


 メンバーの前には鉄板。その上には肉や野菜が置かれ、ジュージューと音を立てていた。それは一般に焼肉と言われる料理であった。


「ふふふ、嶋田さんや杉山さんたちも残念ですね」

「まぁ、向こうに行った連中はフィンランド料理を堪能しているので、お相子ですよ。まぁ嶋田さんはご愁傷様としか言えませんが」


 辻は美味そうに肉を食べながら話を続けた。


「しかし美味しい牛肉の開発も急ぎたいですね。ああ、それと養豚産業や養鶏産業の梃入れももっと必要ですね。

 史実に比べれば十分な品質はありますが、まだまだですし」

「養豚については、水田地帯と養豚場の切り離しが必要だろう? 日本脳炎大流行は困るぞ?」


 東条の突っ込みに、辻は判っています、とばかりに頷いた。


「判っています。衛生面と飼料については改善します。あと医薬品の開発も推進しているので、あと10年ほどで劇的に変わります。

 ……それにしても心地よい日本を作るには、まだ時間が掛かりそうです。平成の時代のような快適な時代はまだまだ先のようです」


 辻の言葉に、東条は何を贅沢なとため息を付く。


「……今でもかなり豊かなのでは?」

「まだテレビ放送が始まる程度です。しかも白黒の。豊かにするんだったら家庭に一台パソコンがあるくらいにならないと」

「………三種の神器を通り越してパソコンですか。PC98でもこの時代ではオーバーテクノロジーの塊ですよ?」

「志は大きいほうがいいです。私はそのためにあらゆる方法を取りますよ。鬼畜、外道と罵られても、ね」

「ははは、お手柔らかに」


 そのあと、彼らはいそいそと食事を始めた。


「黄金のタレが欲しいが、今はこれで我慢か」


 伏見宮はそういってぼやいた。皇族として良いものを食べている彼であったが、やはり未来の食品の味は忘れられないようだ。

その伏見宮を田中が宥めた。


「食品メーカーを突いて、新しい調味料を作らせないといけませんね。この時代の料理は我々の舌には物足りない」


 東条の言葉を聞いて何人かが頷いた。そんな人間達を辻は呆れた目で見ていた。


「貴方達だって十分に贅沢ですよ。まぁ今は、この味を楽しんだほうがいいですよ。日ごろの疲れを癒すためにも」


   かくして日本の、そして世界の命運を左右しかねない戦略が決定されていくのであった。

 





 あとがき

 提督たちの憂鬱第13話をお送りしました。

 すいません、冬戦争の決着は次回に持ち越しになりました。色々と書いていたら、戦闘シーンを書く余力が無くなりました。

 次回、レニングラード空襲と第一次満州事変に入りたいと思っています。何とか次回には冬戦争を決着させられる……か?

 米国の新型戦艦、史実準拠か、それとも変わっていたほうがいいか悩みます。

 拙作ですが最後まで読んでくださりありがとうございました。

 提督たちの憂鬱第14話でお会いしましょう。