世界経済が不況に喘ぐ中、日本政府は第二次五ヵ年計画を発動して国内基盤整備をより推し進めた。

第二次五ヵ年計画に従って各地で高速鉄道、発電所、湾港施設、巨大製鉄所などの整備が開始された。軽工業国家からの脱皮を

果たすべく重工業の梃入れをこれまで以上に行った。さらに下水道整備も積極的に推進されて、将来の公害に対する備えも進められた。

勿論、莫大な金が掛かったものの日本が世界恐慌や銀相場の暴落のドサクサで稼ぎ出した資金や、これまでの協調外交の結果、外債が

思った以上に売れたことで無事にこの巨大な計画に必要な予算を調達することができた。

 かくして総額にして20億円以上という巨大な国家プロジェクトは、夢幻会の全面的な後押しの下で進められていくことになる。

不況に喘ぐ列強は史実どおり経済ブロックを構築し、日本にとって都合の悪い環境も出現しつつあったが、それも中国の大規模な内戦による

需要によって相殺されようとしていた。まさしく順風満帆と言える状況であった。

日本国内が好景気に沸いているころ、大陸でも日本、いや近代国家の生命線である石油を確保するべく急ピッチで油田開発が進められていた。


「ふん、立派なものだ」


 関東軍参謀・東条英機は視察に訪れた遼河油田の石油プラントを見て感嘆したかのように呟く。しかしすぐにため息をついた。


「しかしこの施設への投資した資本のもとを取れるまで軍を維持し続けなきゃならんのか……鉄道防衛もあわせて機械化が必要か」


 幾ら日本の国力が強化されていると言っても、南満州の防衛は荷が重い。匪賊や共産ゲリラから鉄道や沿線を守るには相応の部隊が必要だ。


「哨戒のために航空機やジープなどを配備したほうが良いな……今度、永田さんにお願いして予算をねじ込むか」

「お願いします。匪賊等にこのプラントを叩かれたら目をも当てられません」


 東条の言葉を聞いていた男が同意するように言った。


「ここだけでも日本の石油消費量の大半を賄うことができます。生産量を増やせば、全てをここから調達することもできるでしょう」

「ふん、君の親父さんも大喜びだな。安いガソリンが手に入れば、飛行機の運用も楽になる」


 この石油プラントの開発では日本側で倉崎、三菱が主に出資していた。特に倉崎はガソリンを確保するために力を入れていた。

故にこのたび東条と共に倉崎重工の人間である倉崎潤一郎が石油プラントの視察に来ていたのだ。


「ははは、まぁ飛行機狂いの父ならそうでしょうね。ですが……」

「………やはり、彼も年か。君が夢幻会における彼の地位を継ぐのも近いな」


 彼が話していた倉崎潤一郎は、夢幻会メンバー重鎮たる倉崎重蔵の息子であった。彼は重蔵と違って転生者ではないが、いずれは倉崎を

継ぐものとして夢幻会の幹部候補に名を連ねていた。


「いえいえ、まだ私のような若輩では……」

「気にすることは無い。君より若い人間はいる。馬鹿は不要だが、有能ならば若くても問題はないだろう」


 東条は事も無げに言うが、潤一郎は恐縮したままだった。何しろ夢幻会といえば明治維新以降、日本帝国を牛耳って動かしてきた組織、

いわば影の大本営ともいえる組織でもあるのだ……事情をある程度知るものからすれば。


(知らないことはいいことだよ、あんなギャグのような組織が日本を牛耳っているなんて)


 遠い目をしつつ、東条は組織の主要メンバーを思い出していた。


(……陸海軍、政財界などを支配しているのが実は変人奇人の巣窟なんて、言えないよな〜。世代交代するときはどうしようか、本当に)


 遠い将来のことをちょっと、いやかなり不安に思いつつ、東条は石油プラントを後にした。

些か忙しいが、このあと彼は満州防衛についてやらなければならないことが山積みなのだ。権限を握るものは、それ相応に忙しい。


「中国内戦への対応、ソ連への警戒、それにゲリラや匪賊への対応……おまけに暴走しそうな一部幹部の監視、俺を過労死させる気か?」


 72時間働けますか?を地で行く東条は移動中の車の中でため息をついた。


(全く、本土の連中め、俺に厄介ごとばかり押し付けやがって。ああ、2○hみたいに匿名で愚痴を言えればいいんだが……

 そういえば、音声チャット、あれを無線機のネットワークで再現できないだろうか。ふむ、やってみるか)


 単に愚痴を呟きたかった東条の暗躍によって、日本陸軍は何故か世界最高クラスの通信網を保有することになる。



 そのころ、日本では……


「中国内戦は?」

「華北戦線は黄河周辺でこう着状態だ。国民党も中々やるようだ。まぁ張作霖が不甲斐無いのかもしれないが」

「まぁおかげで旧式兵器を一掃できましたし、稼いだ資金は装備や工廠の設備の更新の足しになります。内戦様様といったところでしょうね」


 夢幻会では、中国内戦についての話し合いがなされていた。


「蒋介石への不満を利用して中国を分断しておくのが良いだろう。中国統一は好ましくない」


 真崎の言葉に他のメンバーも頷く。何しろランドパワーは可能な限り大陸内部に封じ込める必要があった。

仮に中国が海に向けて出てくれば台湾と海南島を有する日本とぶつかるのは目に見えている。戦争の芽は早めに摘み取っておくに限る。


「米国の動きは?」


 大角の問いに、夢幻会の根回しで外務省にスカウトされた白洲次郎が答えた。


「張作霖への支援を本格化させています。軍需工場の建設や装備購入のための借款を行うようです。この動きに対抗するように英国は蒋介石に

 軍需物資の支援を行うようです。仏は雲南軍閥を支援しています。各国ともに軍閥を利用して中国を分断する動きを強めています」


 白洲の発言に、他のメンバーは顔を見合わせる。


「少なくとも、かの国が国際舞台の桧舞台に登場するのは史実より四半世紀は遅れますね」


 辻の言葉に他のメンバーもニヤリと笑う。そこには内戦の泥沼に苦しむであろう隣国への同情など全く感じられない。

日本にとって仮想敵は第一にソ連、第二に米国、第三に中国だった。海軍にとっては仮想敵筆頭は米国であったが、それでも中国は見過ごせない

存在であった。仮に人口5億の国家が近代化すれば、とんでもない強国が自国の隣に出現することになる。それは容認できるものではない。

ましてそれが中華主義(漢民族中心主義)に毒された存在ならば尚更だ。


「米中による挟撃の可能性も減る。これで我が国はソ連への対処に専念できる」


 対ソ連戦略重視を主張する真崎甚三郎は、安心したかのように言うが、辻はそれに冷や水をかける。

史実では皇道派だった彼だったが、中の人によって夢幻会派となっていた。ちなみに陸軍内部の夢幻会派の人間は統制派と呼称されている。

ただこの統制派は軍近代化を図る一方で非正規戦や諜報活動によって中ソの分断と瓦解を図っており、明石大将の後継者たちと見做されていた。

現在、この会派には真崎、東条、相沢などの入れ替わり組みと、史実の皇道派・統制派の一部が所属している。


「米にしろ、ソ連にしろ、我が国のみで対抗することが不可能であることをお忘れなく。列強との関係を無視した戦略はご法度ですよ」

「判っている。夜郎自大な考えをするつもりはない。陸軍としてはソ連相手への工作を進めたいと思っている」

「工作ですか?」

「ああ。連中の思想的な浸透に対するカウンターだよ」


 真崎は中央アジアへ民族自活の精神や資源情報を吹き込んで、ソ連を混乱させることを提案した。彼は極東ソ連軍の工作と連携させること

でソ連の弱体化を図り、国外で行動する余裕を失わせることを狙っていた。


「何とえげつないことを」

「……辻、お前だけには言われたくはないぞ。あと謀略は元々陸軍のお得意だからな」

「……では今後として、中国、特に満州以南での分断工作と武力以外でソ連、特に中央アジア方面の分断へ力を入れることで異議は?」


 特に異議は出なかった。


「それでは大陸政策についての議題は終わりということで。まぁ今から軽い休憩にしましょう」


 そういうと、辻は腹ごしらえとばかりに茶漬けを作って食べ始める。


「「「………」」」

「どうしました、皆さん?」

「辻よ、お前の奇行は今に始まったことではないが……饅頭茶漬けはどうかと思うぞ?」

「こういう仕事をしていると頭を使うんで糖分の補充が必要不可欠なんです」

「……リ○ディ茶でも飲んどけ」

「あれはお茶に対する冒涜ですよ」

「「「………(似たようなものだろうに)」」」


 一名だけ訳が判らないといった表情であったが、夢幻会は今日も平常運転で突っ走っていた。






               提督たちの憂鬱 第6話







 米国の露骨な中国大陸への進出政策は、他の列強を痛く刺激した。

特に中国で最も利権を握っている英国は米国の大陸政策によって、自国権益が脅かされるのではないかと憂慮していた。


「このままでは中国市場を、あの植民地人たちに独占される危険性がある。何らかの手段が必要だ」


 閣議において英国宰相ジェームズ・R・マクドナルドは米国の強引な進出に不快感を示すと同時に、対応の必要性を表明した。

世界に冠たる大英帝国とは言え、この世界恐慌ではかなりのダメージを受けており、その回復には各地の権益の維持が必要と

考えられていた。


「しかしあまり米国を刺激するのは拙いでしょう。あまり関係をこじらせてはカナダが危なくなります」

「判っている。だがこのまま指をくわえているわけにはいかん。我々が抑える華南経済だけでもこちらのブロックに組み込みたい」

「……日本が黙っていないのでは?」

「ある程度、飴を与えて黙らせればいい。植民地人たちを放っておくほうがよっぽど危険だろう」


 この言葉に数名の閣僚が頷く。何しろ英国にとって、米国はライバルであった。

第一次世界大戦の後、両国は表向きこそは友好を保っていたが、裏では激しい覇権争いを繰り広げていたのだ。

勿論、現時点で英国政府は米国を敵に回すことの愚かさを理解していたので、軍事力で米国と張り合うつもりはなかったものの

経済面では依然として激しく張り合っていた。

 史実では英国は自国通貨ポンドを大幅に切り下げ、南米で米国と激しい貿易摩擦を引き起こしていた。米の某国務長官からすれば

英国の経済政策は、ヒトラーよりよっぽど悪質であったというのが本音だった程だ。


「では華北経済圏を華南経済圏から切り離しますか? 穏便(?)にいくなら例の鉄道の敷設を早めるのが妥当かと」

「だがそれだけの予算が出せるか? 世界恐慌で被った痛手は相当のものの筈だが」

「民間の投資も併せれば十分に可能です。ロスチャイルド家の方々も、新興勢力の台頭は望まないでしょうし」

「ふむ……良いだろう。あと日米の分断を怠るな。かの国には矢面に立ってもらわなければならないからな」


 英国にとって日本は役に立つ駒、或いは鉄砲玉に過ぎなかった。確かに日英同盟は東アジアでの権益維持において重要ではあった。

しかしながら日本と徒党を組んで米国と本格的に事を構える気は、英国にはさらさら無かった。


「近年の、かの国の成長は著しいものです。多少なら米国と戦えるでしょう」

「確かに。……だが最近思うのだが、日本の成長、些か不自然ではないか?」

「卿の言われるとおり。日本の成長振りは些か常軌を逸している。何か秘密があるのではないか?」

「まさか。恐らく欧米に派遣していた留学生による成果だろう。黄色人種が独力でできるわけがない。明治維新や日露戦争でさえ我らの

 助力がなければできなかったのだぞ?」

「あとは例のシンクタンクが余程優秀なのだろう。かの研究機関は様々な分野で多大な貢献をしていると聞く」

「探りを入れる必要がありますな」


 この言葉に全員が頷く。そして宰相たるマクドナルドが最終的な結論を下した。


「確かに今まで以上に調べる必要があるだろう。だが余り派手にするのも拙い。あの国には色々と活躍してもらう必要がある。

 今暫くは現状を維持する。まぁ、東洋の侍達の活躍に期待しようじゃないか」


 謀略・外交で高い能力を誇る英国にとって日米の分断はそう難しいことではない。日本にとって意外な敵は自身の背後に居た。






 中国内戦を利用した特需によって失地回復を目指したフーバー大統領だったが、大恐慌発生の失敗を補いきれず落選。

米国では史実どおり、フランクリン・ルーズベルトが大統領として選出された。


「日本にとってのサタンにしてベルゼブブたる、あの男か。はぁ、やっぱり出てきたか」


 嶋田は夢幻会の会合の席でそういってため息をついた。


「まぁまぁ、彼が反日だからといっていきなり宣戦布告はしませんよ。戦争にするにしても過程があるんですから。

 それに史実どおり彼が就任したことで、建設関連の投資でかなりの利益が出ます。悪いことではありませんよ」

「金儲けにはいいですが、問題は日米戦争への過程を、あの男が構築しかねないことだと思うんですが」

「そうさせないために、我々が今まで色々とやったきたんじゃないですか。だいたい戦争をするメリットよりデメリットのほうが

 多ければ彼らだってそうそう日本と戦おうという気は起こりませんよ。それより軍部やマスゴミの扇動、アホな政治家の暴走の

 ほうが怖いですよ」

「確かに」


 軍参加者は一様に頷く。


「石原莞爾を中心とした一派は、未だに世界最終戦争論を掲げているし、一部には日本を中心としたアジア新秩序構築を主張する者もいる」

「政治家でさえ、今の政府のやり方を腰抜け呼ばわりする人間が多い。それも自分達が主導権を握るためだけに、今の方針を貶める輩が

 少なくない。全くどいつもこいつも……」


 統帥権問題は、当時の政治家が煽ったことが原因のひとつであった。故に、その経緯を知る者は政治家達を殆ど信用していなかった。


「外交もそうですが、内政面での引き締めも必要ですね。下手に挑発に乗って事態をこじらせないようにしないと」

「まぁ挑発に応じようとしても、金が無いから動けないけどね。増額されてもインフレのせいで増額分の多くは消えるし」


 嶋田はそういって皮肉るが、辻には全く堪えた様子が無い。


「仕方ないじゃないですか。貧しい農家も多い以上は、ある程度、そちらにも割り振らないと」

「新潟の干拓は兎も角、農業の機械化と効率化の推進。やれやれソ連みたいですね」

「あれほど強制的じゃあありませんよ。それに地主達の意見はそれなりに聞いています。それに地主達にも企業の創設や投資を促して

 経済の活性化を図っています」

「ふん、内務省や情報省、それに憲兵も使って色々としていると聞きますが?」

「さて何のことでしょう?」


 辻はそういって惚けるが、辻はすでにさらに外道なことに手をつけていた。

彼は地主階級の人間について徹底的な調査を行い、様々な醜聞を集めていたのだ。家主には問題なくても、その息子や娘には問題がある

ケースが多い。中には地主階級にも関わらず共産主義思想に染まっている者もいた。

 辻はそういったスキャンダルを利用して、硬軟あわせた交渉を行っていたのだ。頑固な人間たちでさえ、そういった身内の醜聞を

持ち出されては、大抵は折れるしかなかった。


「話を変えましょう。英国から入ってきた情報なのですが、どうやら彼らは華南とインドを繋ぐ鉄道を建設するようです」

「鉄道を?」


 この意味を陸軍軍人たちは素早く察した。


「なるほど、連中は華南の経済圏をスターリングブロックに組み込むつもりか」


 牟田口はそういって難しい顔をした。


「どういうことです?」

「彼らは自分達の利権が多い中国南部とインドをつなげてしまい、経済面で華北部を引き離すつもりなんでしょう。

 恐らく、狙いは米企業の中国市場進出への牽制、もしくは妨害といったところでしょう」


 この牟田口の答えに満足したかのように辻は補足説明を行う。


「そして、中国国民党の支配する領域で、英国主導で貨幣制度改革を行えば、彼らの金融面での支配力は万全となる。

 全くもってジョンブルらしいやり方です。やれやれメイド発祥の地とは思えない腹黒さです」


 この言葉にいち早く他のメンバーが突っ込む。


「メイドが腹黒いのは萌えのポイントでは?」

「いや、メイド萌えはドジっこでしょう!!」

「いいや、ニーソだ!! あとパッ(ry」

「お前らみたいなのがいるから、史実のような海軍メイド事件が起こるんだ! 日本男児ならば、神道の巫女萌えだ!!」 

「……真崎さん、貴方巫女萌えだったんですか?」

「無論!! 神道は我が皇国が誇る国教ぞ!! それに奉仕する人間に萌えて何が悪い。というか巫女萌えは伝統ある萌えだ!!」


 ダメ人間達の阿呆な議論を横目にしつつ、嶋田は話題を進めた。というか進めないと自分を保てなかった。


「………日英同盟を結んでいる以上、我々はある程度はそれに食い込めるのでは?」

「米国を差し置いて抜け駆けをすれば色々と禍根を残すこともあります。それに米国が黙って見過ごすとも思えません」

「きな臭くなるか。それにしても史実でも、こちらでも大陸の情勢に引っ掻き回されるとは」


 嶋田はやれやれと首を振る。


「厄介極まりないな。いっそのこと、某魔法少女アニメみたいに大陸が抉れて消えていたらよかったのに」

「はっはっは、それは無いでしょう。というか、下手なことをいうとフラグが立ちますよ」

「まさか………まぁそれよりも国内の引き締めを強めたほうが良いでしょう。海軍内部でも軍縮体制に不満を持つ人間も多い。

 辻さん、阿部さん、不穏分子の監視を頼みますよ。クーデターなぞ起こされたら堪ったものじゃあありませんから」

「判っています。MMJの名は伊達じゃあありません」

「……(こいつらどこまで浸透しているんだ?)」


 はっはっは、と笑う辻たち。その傍らで、南雲が嶋田をなだめるように言った。


「日本人の萌えは、平安時代からありますからね。仕方ないんでしょう」

「1000年以上の伝統か。……まさかと思うが、1000年前もこんな連中が国を動かしていたんだろうか?」

「……まさか」

「2600年近く続くこの国を動かしてきたのがこんな変態だって知られたら、どうなるかな?」

「とりあえず本気にしないでしょう」

「だよな………はぁ大丈夫か、この組織」

「まぁ強く生きましょう。世の中は理不尽で溢れているんですから」

「……そうですね」


 だが彼らにさらなる試練が降り注ぐことになる。





 アメリカ合衆国大統領に就任したルーズベルトは、史実どおりニューディール政策の実施を発表。

これによって莫大な予算が公共投資につぎ込まれることになる。勿論、夢幻会はこれを予期して投資を行っていたので

ここでも莫大な利益を得ることができた。しかしながら同時に予期せぬイベントも発生していた。


「中国が海軍基地を?」

「はい」


 召集された夢幻会の会議では、予期せぬ中華民国海軍出現イベントに多くの人間が眉をひそめていた。


「米国政府の支援を受けて、中華民国政府(奉天軍閥)は山東省に海軍基地を建設するそうです。加えて奉天では大規模な軍需工廠の

 建設が計画されています。規模では大阪砲兵工廠に匹敵するものと思われます」


 この報告を聞いた軍関係者は米国の意図を見抜いた。


「連中は、中国に独自に近代軍を整備させて我々を牽制させる気か。やることえげつないな」

「アメリカにとって極東に一国だけ軍事大国があるのは面白くないんでしょう」

「あとは極東での市場を拡大するために自国の代行者を欲しているのでしょう。日英同盟を結ぶ我が国よりかは御しやすいですし」


 当時の人間だったら怒り狂うであろう米国の二股外交であったが、後世の米国を知る人間は比較的冷静に事態を受け止めていた。

ただし理解はしても、完全に納得はしていない。何しろランドパワー(中国)の強化はシーパワー、それも隣国の日本にとって望ましい

ことではないのだ。


「経済面でも、中国国内の富裕層によって軽工業の振興が活発化しています。これまでは外交で反日を抑えてきましたが、富裕層の手に

 よって経済的理由で日貨排斥に動く可能性があります」

「………中国内戦を煽り立てても、その動きを阻害するのは不可能か」


 この事態を一番深刻に受け止めていたのは、夢幻会で数少ない常識派とされる嶋田たちであった。


「貿易摩擦の発生は不可避ですね」

「米国との摩擦は?」

「米国製は高級品としてブランドがあります。価格の差で中国製品と棲み分けが可能です」

「そして日本製品は価格で、あちらと被ると……拙い」


 夢幻会は様々な方法で日本の重工業化を推し進めたものの、依然として軽工業は重要な経済の柱であった。

その日本にとって中国での軽工業の発展は脅威であった。下手をすれば対中輸出が大幅に低下するのだ。それは経済的に好ましくない。

日本が品質の良い、安い製品を提供しようものなら、中国の富裕層は不買運動を煽る可能性が高い。そうなれば日中関係は悪化する。

しかしながら、軍事力でそれを阻止しようとすれば史実の二の舞になり、バッドエンド一直線となる。


「価格を上げれば競争力を失い、かといって価格競争となれば不買運動。中国市場以外の確保が必要になる。そうなれば……」


 『戦争だ』、その言葉を嶋田は呑み込んだ。言ってしまえばそれが本当になってしまうような気がして、とても言い出せなかった。

だがそんな一部の人間達の憂慮を辻は笑い飛ばした。


「日本製品であることが問題なら、米国製品にしてしまえば良いじゃないですか」

「……は?」

「米企業に日本本土に直接投資してもらって合弁工場を沢山作ればいいのです。そこから米国企業日本法人の製品を中国に輸出すれば

 問題はある程度はクリアできます。幸い、満州は自由市場。そこから安価な製品を中国に流し込んでしまうことは容易です。

 さらに米国市場にもこれらの製品を流すことも、不可能ではありません」

「ふん、21世紀の米中関係のようなものか」

「その通りです。毒餃子が混じっていたような中国製品でやれたことを、日本でやれないわけがありません。

 それに、『幸い』、米企業はこの大恐慌で苦しんでいます。ある程度はこちら側に有利に交渉を進めることができるでしょう」


 そういってニヤリと笑う辻。


「中国の工業化、そして近代化を経済面、軍事面、精神面で徹底的に、木っ端微塵に打ち砕いて見せましょう」


 あまりの腹黒さに嶋田は思わず顔を引きつらせた。


「は、ははは、君は軍人のほうがよかったんじゃないか。それだけの智謀があれば軍でも出世できただろうに」

「いえいえ、私は今の職が天職だと思っていますよ。楽しいですよ、私がしている戦争は」

「戦争?」

「ええ、私は間違いなく戦争をしています。ただし弾の代わりに金と情報が飛び交いますが、シビアなことには変わりない。

 そしてこの感覚は非常に心地よい。ふふふ」


 辻の黒い笑みを見て、嶋田以外のメンバーも顔が若干引きつる。この黒さは予想以上だったようだ。


「女学校のためとは言え、そこまで……」

「確かに目的はそこですが、その途中の過程も楽しむのも一興というもの。閣下もどうです? 仕事に楽しみを見つけられては?」

「いや、自分は普通に趣味を楽しむから。労働はあくまでも対価だから」

「それは残念です」


 この日から日中両国は、これまで以上に、壮絶な経済戦争を繰り広げることになる。













 あとがき

 お久しぶりです。提督たちの憂鬱第6話をお送りしました。リアルが忙しくてすいませんでした。

さて、いよいよルーズベルトが登場し、大陸情勢に暗雲が漂い始めます。

一方で日本政府による悪逆非道な大陸勢力への逆襲が始まります。目指せ、東洋の大英帝国(腹黒)!!

それでは拙作ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

提督たちの憂鬱第7話でお会いしましょう。


……いつになったらWWUに入れるのだろう(爆)。それに海軍がいつの間にか空気に(苦笑)