キラ・ヤマトを発見したとの報告を電話で聞いたアズラエルは思わずニヤリと笑った。

キラ・ヤマトはコーディネイターでありながら本大戦において地球連合のMSのOS開発を担った少年であり、オーブ近海の戦闘でMIAと

なった……それが地球連合軍の人事部が把握しているプロフィールであった。オーブ攻略戦において、キラ・ヤマトがフリーダムを駆っていた

という事実を知る人間はいない。これは事情を知るオーブ首脳部や関係者の大半が、カグヤで死亡していたからだ。そして知っている人間は

全て口をつぐんでいた。何しろ連合軍から脱走したオーブ人が、ザフトから奪った新兵器で連合相手に大損害を与えた挙句、自爆して国土に深刻な

放射能汚染を与えているなどとは口が裂けても言えない。ましてキラは死んだものと思われていた。このため真相は闇の中に消えたのだ。

アズラエルもこれまでキラがフリーダムの自爆で死亡したのではないかと思っていた。しかしブルーコスモス脱退した日の執務中にオーブに進出した

アズラエル財閥傘下の企業からの『天才的なプログラマーがいる』と言う情報でひっくり返った。アズラエルは当初は気にならなかったがその人物

が『キラ』という名前であるとの追加情報を聞いて直感だが、キラが生存しているのではないかと考えたのだ。

アズラエルは改めて考えるとあのガンマ線レーザーの余波を浴びてもNJが暴走して爆発しなかったフリーダムが簡単には自爆しないだろうとの

結論に達した。これらは推測に過ぎないが無視できる要素でもないし可能性皆無とも断言できなかった。何よりラクスによって散々に苦しめられ

てきたアズラエルとしては、この状況でイレギュラーが発生する可能性を見過ごすわけにはいかなかった。

そのためアズラエルは現在判っているキラの情報をマリア達に預けて、さらにキラを過大評価するようなことを言って捜索を要請したのだ。

(それにしてもゴキブリ並の生命力だな……まあいい。あの主人公君は首根っこを抑えて置かないと、ふらふらとどこに行くか判らないからな)

フリーダムのパイロットがキラであったことを誰も知らない。それゆえに連合軍も反逆罪を当てはめることはないだろう。

だがフリーダムを駆っていた人間が、キラ・ヤマトであることを知っている修こと、ムルタ・アズラエルは目的を果たすためならその『事実』を

存分に使うつもりだった。キラの能力と活躍を知るがゆえに、アズラエルはかなり神経質になっていた。

(でも、キラが生きているってことはフリーダム以外の原因で核爆発が起こってことだよな。一番可能性が高いのはザフトの核攻撃か)

只でさえ、過激派が五月蝿いのに、ここでザフトが核兵器まで使っていたと判ったら手の付けようがなくなるだろう。だが戦後になれば、ザフト

の核兵器使用は地球連合の正義を強調できるものにもなる。つまり毒にも薬にもなると言えた。

「キラ・ヤマトは今、どこに?」

アズラエルははやる気持ちを抑えてマリアに尋ねた。そのあとに帰ってきた答えは驚くべきというより納得のいく答えであった。

『彼はオーブ本国近海の島の村で暮らしていました』

「オーブの?」

『はい。最後にMIAになった場所から大分離れているようなので、どうやってあそこまで辿り着いたかは判りません』

(そりゃあそうだよな。あいつが、MIAになった後にプラントに行って、フリーダム使って帰ってきたとは考えられないし)

アズラエルは苦笑しながらマリア・クラウスに礼をいうと電話を切る。そしてすぎにサザーランドに電話をかけてキラの所在を告げると身柄の

確保を命じた。そのあとアズラエルは気になったことをたずねた。

「どの程度の人間を送るつもりです?」

『オーブに駐屯する連合軍が数名のMPを派遣することになっています』

「それでは少なすぎます。最低1個小隊は派遣してください。ああ、そうそうついでに本国にいるラミアス少佐を同行させてください」

『1個小隊ですか。いくら何でもそれは……』

「彼はスーパーコーディネイターですよ。この程度の用心は当然です」

『判りました。早速、オーブ駐留軍に命じます。ラミアス少佐は高速機でオーブに向かわせます』

「出来るだけ早くお願いします。あとピースメーカー隊はどうなっています?」

『第5艦隊の指揮下に入るアガメムノン級4隻を中心とした部隊を編成してあります。しかしアズラエル様、宜しいのですか? 下手をすれば

 プラントは壊滅しますが………』

「ジブリール達も、核兵器の大半はこちらに押さえられたことに不満を持っていますから、多少の華を持たすのは必要ですよ」

アズラエルやマリアは、ザフト強硬派とジブリール派の共倒れを画策していた。そのためにザフト軍に相応の被害を与えてもらう必要がある。

だからこそ連合はジブリール派に核を渡すのだ。そして核の脅威の前にザフトは死に物狂いで抵抗する。それは双方に消耗を強いることになる。

そしてそのときこそ、ザフト内部でクーデターを起こすチャンスになる。そしてクーデターが起これば、あとは停戦命令を出せばよい。

仮にクーデターが遅れたりザフトが核攻撃を防ぎきれないのであれば、プラントには滅ぶだろうが現状ではやむをえない、それが彼らの考えだ。

仮にプラントが壊滅した場合には、この戦争でブクブクと太ったジャンク屋ギルドから金を搾り取るつもりだった。何しろジャンク屋はその特権

にものを言わせて色々と問題を起こしている。戦後にあのような組織を残すのは危険すぎた。

(マルキオみたいな糞坊主が影響力を持つ組織なんてさっさと潰すに限る)

アズラエルは心の中でそう呟いたあと、会話を再開する。

「まあ万が一の場合に第1機動艦隊を備えさせていますし。あとはNJCにも細工をしておけば十分でしょう。それにしても連合の量子通信

 技術が最初に使われるのがNJCへの細工とは思いませんでしたよ」

アズラエルはそういって苦笑する。

「こちらの誘導ミサイルは間に合いそうに無いですからね」

『有線ミサイルでも、切り離し後は赤外線誘導があります。例え命中率が相手の3分の1でも、あちらの3倍の数を撃てば問題ないかと』

「それもそうですね」

アズラエルはサザーランドの言葉に同意した。連合の生産力ならば、その程度は余裕で可能なのだ。

「ああ、それとジブリール派の動きにはくれぐれも注視しておいてください。これ以上、彼らに好き勝手にやられては堪りません」

『そのことなのですが、ジブリールはどうやら戦艦のようなものを打ち上げようとしています』

「戦艦なようなもの?」

『はい。そちらに写真を送ります』

そういうと、アズラエルの近くにあった端末に、写真が映し出される。

「これですか……」

『はい。彼らはこれをカオシュンの宇宙港から宇宙に打ち出すとのことです』

「カオシュン。ということは、ユーラシアと東アジアがバックにいるということですね。全く厄介な……」

アズラエルは思わず舌打ちする。

「妨害することはできませんか?」

『不可能です。なにやら重要なもののようでして』

「………わかりました。引き続き調査をお願いします。こちらも情報収集を行うので」

『わかりました』

アズラエルは電話を切ると、思わず叫んだ。

「あの大馬鹿野郎供が!!」

アズラエルは、頼みもしないのに厄介ごとを次々に増やしていく連中に正面から言えないであろう言葉を吐き続けた。

しかし粗方言い終わると、気分が落ち着いたのか、しばらく目を閉じて思考をまとめる。

「核兵器がこちらの管理下にあることを見越して新兵器を送り出してきた、こんなところか」

アズラエルは可能な限りの情報を収集した後、デュランダルに情報をリークすることを決意した。尤も次には頭を切り替える。

「……まあその前に仕事をしないとな」

アズラエルはそう言ってその日の仕事に取り掛かった。政治の話も重要だが、その日の会社の仕事を片付けるのも重要だった。殺人的な

スケジュールともいえる仕事をこなしていくアズラエル。この頑張りのおかげで夕方には予定以上に仕事を終えることができた。

仕事をある程度片付け終えて休憩したアズラエルに、再びサザーランドからの電話が入る。

「キラ・ヤマトを確保した、ですか」

この朗報にアズラエルは安堵した。

『ですが戦場に出たくないといっていまして。あと、これまでの経緯から脱走の罪状があるとの報告も』

「そうですか、まあそれはそれで都合が良いですね」

『は?』

「彼と面会できますか?」

『可能ですが、今からですか?』

「今からは無理です。明日、何とか時間を空けますから、その時間に面会します。時間帯はあとで連絡します。あとヘリオポリス組みの志願兵を

 つれてきてください。特にフレイ・アルスターは必ず」

アズラエルはそういってと電話を切り、再び机に向かい合う。

「やれやれ、明日の分の仕事も少しは片付けておくか………俺って長生きできない気がする。戦死するより過労死しそうだ。くそ、キラといい

 今は亡きラクスといい俺の胃と精神に大打撃を当て続けやがって。俺に恨みでもあるのか?」

アズラエルは吐き捨てるように呟いた後、まず栄養ドリンクと濃いコーヒーと頭痛薬を飲むことにした。今日は徹夜決定のようだった。








            青の軌跡 第45話





 電話があった翌日、何とか午後にキラと合う為の時間を空けたアズラエルは、キラとの面会場所である大西洋連邦軍情報部のビルに向った。

アズラエルは迎えに来たサザーランドに軽く会釈をすると、キラがいる部屋に向った。

「彼の様子はどうです?」

「最初はかなり抵抗しましたが、今は大人しくなっています」

「そうですか。ラミアス少佐は?」

「昨日の深夜までキラ・ヤマトと話をしていまして。先ほどまで仮眠を取っていました。恐らくアズラエル様がつく頃には部屋にいるでしょう。

 他のメンバーは別室で待機させています」

「そうですか……それにしても彼女は寝ていたんですが、羨ましいですね」

アズラエルの後半の台詞に、サザーランドは怪訝な顔をする。アズラエルは失言したと気付いて慌てて誤魔化した。そして密かに呟いた。

(俺だって寝たいんだよ。というか今でも頭が痛い)

アズラエルは昨夜の疲労がかなり残っているが、何とかそれを表面に出さないようにしていた。少し体にガタが来ているような気がしていが

彼は気合を入れて気取られないようにする。そんな風に己と戦っている内にアズラエルはキラがいる部屋についた。そこは本来、お偉いさんが

会議をするための部屋であった。その部屋の中心には、12人の人間が一同に顔をつき合わす事のできる大きな輪の形の机と12個の椅子が

置かれていた。ただしキラは椅子に座る事を許してもらえていないようで、両脇に屈強な兵士を固められて立っていた。そしてその傍には心配

そうな表情のマリュー・ラミアスがいる。彼等は突如として入ってきた軍人ではない男であるアズラエルを怪訝そうに見た。

一方で、アズラエルはこの美女を見て、ナンパしたい気分に駆られた。どうやら少し頭がハイになっているようだ。

(くっこれだけ美人とは、フラガに取られるのは癪だな。でも、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られるからな。ここは止めて置こう)

何とか自分を押さえつけると、アズラエルはキラから見て真向かいの席に座った。彼の右脇にはサザーランドが、左脇にはサザーランドの副官が

席に座る。

「あの、その方は?」

「静かにしたまえ、マリュー・ラミアス少佐」

マリューが静かになったのを見て、アズラエルは自己紹介をした。

「初めまして、キラ・ヤマト君。そしてマリュー・ラミアス少佐。僕は国防産業連合理事を務めているムルタ・アズラエルという者です」

「国防産業連合理事?」

キラは分らない顔をしたが、マリューは突然現れた大物に絶句した。アズラエルはこの反応に苦笑しつつ、補足説明をした。

「まあ子供の君が知らないのも無理はありませんか……端的に言えば、MSや戦艦を作っている軍需産業の総元締めみたいなものです」

「なっ……」

事情を知らないキラも、自分の目の前にいる人物がとんでもない大物であることを理解した。そして次の一言で彼は凍りつく。

「そしてブルーコスモスの前盟主でもあります」

「ブ、ブルーコスモスの……」

コーディネイターの天敵であるブルーコスモス、その頂点に立ったことのある男が目の前にいる……その事実がキラを凍りつかせた。

「まあ別にそんなに硬くならないでください。別に君に危害を加えに来たってわけじゃあ無いんですから。それに君を殺すなり何なりするのなら

 わざわざここまでくる必要はありませんよ。電話で指示すれば良いだけです」

「………」

「全く信用されていませんね」

硬い表情のままのキラを見て、アズラエルは肩をすくめる。

「言っておきますが、僕はもうブルーコスモスじゃあ無いんですよ」

「え?」

「つい先日に辞めましたから」

「ブルーコスモスってそんなに簡単に辞められるところなんですか?」

「あそこはもともと環境保護団体ですよ。別に怪しげな秘密結社じゃあないんですから、脱退者を殺すなんてことはしませんよ」

「で、でも」

「君を襲った連中は自称だと思いますよ。世界各地には自称でブルーコスモスを名乗る輩も多いですからね。でも僕をあんなのと一緒にしないで

 貰いたいですね。で、安心できましたか?」

「でもブルーコスモスにいたってことはコーディネイターのことが嫌いなんじゃあ」

「まあ好きとは良いませんね。でも僕にとって重要なのは、企業の、そして国の利益になるかならないかです」

「それじゃあ、僕と面会するのも利益になるからですか?」

「まあそんなところです」

実際には会いたくも無いのだが、とんでもないイレギュラーになりえる存在は自分の手で押さえておかないと気が済まなかったのだ。同時に

アズラエルはここでキラがスーパーコーディネイターのことを話すかどうか悩んだが面倒なので止めておき、本題に入る。

「さて、しつこいようですが聞きます。君は軍に戻るつもりはないんですね?」

「……はい。もう僕は戦いたくないんです」

「何故?」

「……それは」

「このままだと君は軍法会議行きですよ? 今の君には脱走の疑いがかけられています。確定すれば厳罰を受けますよ。あと君をかくまっていた

 人たちも迷惑がかかるでしょうね」

「あの人たちは事情を知らないんですから、関係ありません!!」

「しかし脱走兵扱いされている君をかくまっていましたし。少なくとも事情聴取はされるでしょうね。まして世界各地で反コーディネイター感情が高まって

 いますから、嫌がらせを受けるかもしれませんよ。それにしても君もうかつですね、プログラマーで有名になるなんて」

キラは流れ着いた先の家に居候しながら、プログラマーとして働いていたのだ。キラは居候してもらっている家の家族には自分がオーブ人であり

元地球連合軍の軍人であることを話していた。だがその家族はキラがオーブを守るために戦っていたことを知り、彼を受け入れていたのだ。

知らぬが仏とはこのことである。その後彼はまるで戦いを忘れたいかのように仕事に打ち込んだ。そしてそのことが今回裏目に出たのだ。

まあアズラエルが報告を聞いて過剰反応したのも、キラがここにつれてこられた原因の一つだが。

「何でそこまで戦う事を嫌がるんです?」

この問いかけにキラが答えあぐねているのを見て、アズラエルが先に答えた。

「親友であるアスラン・ザラと殺し合いを演じた挙句に、祖国であるオーブがアスハ家諸共滅ぼされたからですか?」

図星を指されたような顔をするキラ。アズラエルは隠し事はできない性格だなと密かに思った。

実際にキラは、アズラエルが言った通りにそのことを気に病んでいた。自分が何かをするたびに大切な人を傷つけていく……そんな思いが彼に戦う

ことを拒ませていた。

「あなたが何でアスランのことを?」

「僕はいろんな所に情報網を持っています。この程度の情報なら入手できますよ。ついでに言うとアスラン・ザラは現在、捕虜収容所にいます」

「アスランが?!」

「ええ、彼はパナマ防衛戦で連合軍の捕虜になったんです。大怪我を負っていましたが、今はそれなりに回復していますよ。これで君はもう親友

 と争うことは無いでしょうね」

ちなみにイザークはカーペンタリアで捕虜になった。他にはルナマリアが重症を負いながらも辛うじて助かり、ナギはカーペンタリアの崩壊を

見て連合軍に降伏。部下達と共にディンの武装を解除して近くの空母に着艦。そのまま捕虜になっていた。

「そうですか」

キラはほっとした。

「ですが、君のヘリオポリスの友人達は危険にさらされるでしょうね」

「ど、どうしてですか?!」

「簡単なことです。地球連合軍はプラント本国へ侵攻するからです。そのためにはアークエンジェルみたいな強力な艦を使いますよ。最後の決戦

 になるでしょうから」

この言葉にキラは逡巡する。これを見たアズラエルはニヤリと笑うとサザーランドに別室に待機しているメンバーを呼ぶように指示した。

そしてその2分後、フレイ、ミリィ、サイの3人が部屋に入ってきた。

「「「キラ!?」」」

3人は死んだとばかり思っていた人間が目の前にいることに驚愕した。そしてそれが幻ではないことを理解すると、即座にキラに駆け寄った。

「生きて良かった……キラ、私ね、キラに謝りたかったの」

「もう、心配してたんだからね!」

「キラが生きていて、本当に良かったよ」

「みんな……」

まさに感動の再会のシーンと言える光景が広がる。だがアズラエルはすかさず水を差す。

「さて、感動の再会話はこのあたりにしてください」

そういうと、兵士達にキラとヘリオポリスの3人組みを引き離させる。だがその時、ミリアリアがとんでもないことを言い放つ。

「ちょっと、感動の再会を邪魔するなんて野暮なことしないでよ、おじさん!!」

おじさん、おじさん、おじさん……それはゲイボルグとなってアズラエルの心臓を貫いた。ずーんと落ち込むアズラエル。アズラエルの傍らにいた

サザーランドは慌ててミリアリアを叱責する。

「何と失礼なことを!!」

ちなみにキラの傍らにいる兵士は、笑いをかみ殺すのに必死だった。マリューもまたこみ上げる笑いをこらえるのに必死になっていた。

先ほどまであれだけ態度が大きかった男(しかも気に入らない)が、少女の一言で凹んでいるのだ。それほど痛快なことは無いだろう。

このあとアズラエルの地位を知ったミリアリアは慌てて、そして仕方なさそうに前言を撤回した上で謝罪する。

この謝罪を受けたアズラエルは何とか精神の再構築を終えるとフレイ達を別の部屋に移動させた。そして再び話を再開する。

「彼らは今度の人事異動で、アークエンジェルに乗り込むことになっています。特にアルスター家の遺児である彼女が、決戦に赴くとなれば

 士気にも良い影響を与えるでしょう」

「あなたは!!」

キラはアズラエルが自分の友人を人質にしていると思い強い怒りを感じた。だがここでアズラエルはキラの考えを裏切るようなことを言う。

「尤も君がたとえ軍に復帰しても、アークエンジェル、いえ前線に回されることは無いでしょう。何しろ南米で連合軍のコーディネイターが

 裏切ったのでコーディネイターの兵士が前線勤務から外されていますから。まあ軍に復帰しなければ重罰確定。復帰しても後方勤務でしょう」

「………貴方は僕に何をさせたいんですか?」

軍への復帰するように脅迫しているかと思ったら、それを翻すようなことを言うアズラエルにキラの思考は混乱していた。

「簡単なことです。君の力を利用したいだけです。そのために僕は取引をしにここまで来たんですよ。忙しい中をわざわざね。さて、話題を

 戻しますよ。現状では君がアークエンジェルに戻るのは難しいですが、君が2つの条件を呑んでくれれば、不可能ではありませんよ」

「アズラエル様?」

サザーランドは驚いてアズラエルに問いかけたが、アズラエルはこれを制止して話を続けた。

「軍法会議についても、僕が手を回しておけば当面は軽めの罰ですむでしょう。どうです?」

「条件ですか?」

「ええ。うちの財閥は、傘下企業に傭兵派遣会社であるBWG社があります。ここは連合軍と協力体制を結んでいるので十分に前線に出ることは

 可能です。一応、連合軍からの出向者ということになりますけど、その分、僕の指示に従ってもらいますけどね」

「つまり、貴方の下で働けってことですか?」

「そうです。まあ作戦発動までは時間があるので、別の特殊任務についてもらいますが、命の危険はないので安心してください」

「……2つめは?」

「貴方が連合軍に戻るまでに起こったこと、知ったこと全てを戦後に証言することです。特にオーブの一件について」

この言葉を聞いてキラは目を見開いた。ほかの人間は事情が判らないので、話についていけない。

「僕が何も知らないとでも思っていましたか?」

「………でも」

「国防産業連合理事である僕が最大限のバックアップをします。これまでの功績、そしてこれからの功績ではお咎めなしにできますよ」

「………僕に裏切れと言うんですか」

アズラエルの提案は魅力的だった。だがそれに乗れば自分のために新たな剣を授けてくれたラクスの思いを裏切ることになる。

キラはそう考えていた。だがアズラエルはそんなキラにさらなる衝撃を与える。

「ああ、そうそう。知っていましたか、キラ・ヤマト君。プラントから反逆罪で追われていたラクス・クラインが死亡したそうですよ」

「!?」

「何でも衛星軌道での戦闘で、ザフト軍に乗っていた戦艦ごと撃沈されたそうです。生存者は皆無だそうですから間違いないでしょう。

 まあ気をもむ必要もない、他愛もない話ですけどね」

(ラクスが………)

自分を励ましてくれたラクスが死んだ、そのことを知ったキラは言いようのない虚脱感に見舞われる。しかし同時にキラは自分の思っていること

や考えていること、経験したことを全て見透かしたように話をする目の前の男に、恐怖とそして僅かながらの畏怖を感じた。

「彼女は全くとんでもない悪党でした。何せ彼女が新型MSをどこぞの人間に与えたおかげで、プラント穏健派は壊滅。そのあともプラントでは

 彼女の犯行と思われるテロで財界人が死亡。ついでにクーデターを起こそうとして、連合軍部隊とプラント宙域で戦闘を起こしてプラント1基を

 崩壊させて30万人ものコーディネイターを殺戮してくれましたからね。ついでに彼女が強奪させた新型MSはオーブに逃げ込んだ挙句にオーブ

 を崩壊させる原因を作ってくれましたし。全く彼女一人のせいでどれだけ被害が出たことか。そうは思いませんか?」

キラは、その新型MS(フリーダム)のパイロットであった自分にとって耳に痛いことをズバズバ言ったアズラエルに反論する。

「で、でも彼女は、ラクスは……」

「彼女も何らかの理想があったのかもしれませんが極端な理想に走りすぎるのも問題ですよ。20世紀で共産主義がどれだけの害悪を撒き散らした

 かを見れば判ることです。知ってました? スターリン、毛沢東なんて連中が殺した人間の数は、戦争で死んだ人間よりも多いんですよ」

「………」

「連合はオーブを仲介にした講和も考えていたのに、彼女一人のせいで全て台無しです。おかげで戦争が長引いてしまいました」

「連合が講和を?」

「あの時点では落し処を探ることも考えていましたからね。尤もプラント穏健派壊滅、オーブ滅亡、ついでに南米での一連の事件で全て台無しです」

「それじゃあ……」

僕のしてきたことは、とキラがつぶやく前に、その言葉を遮るようにアズラエルが言う。

「夢を見るなとは言いません。ですがもう少し地に足をつけた考えも必要なんですよ。例え思いと力が備わっていても、その思いが極端なものならば

 力は害悪にしかなりません。まあようするに現実を見据えて、そして動けってことですね。おっと説教じみたことを言ってしまいましたね」

そういうと、アズラエルは席を立った。

「それでは、よい返答を期待していますよ。君と、君の友人達のためにもね」

俯くキラを残してアズラエルは部屋を後にした。その行動は堂々したものであったが内心では苦い思いにかられていた。

(………原作を知っている人間には『お前が言うな』と言われかねない、というか間違いなく言われるな)

しかし同時に、キラは間違いなく自分の要求を呑むとも思っていた。

(友人を守れること、保身を図れるという現実的な利点の存在。そしてキラを縛っていた訳の判らないラクスの呪縛は粉砕できたから、キラは

 こちらの要求を間違いなく呑むだろう。よし、これで不確定要素が減ったな。昨日残業した甲斐があったな。さて……また仕事だな)

アズラエルは自分のスケジュールを思い出してため息をつくと、気分を切り替える。

「それではサザーランド君、あとは頼みましたよ?」

「お任せください。アズラエル様」

残りのことをサザーランドに任せると、アズラエルは来るのに使った車に乗り込んで、会社に戻って行った。そして彼の予想通り、キラはアズラエル

の提案を呑む事を、この日の夕方に承諾した。この日を境にしてキラ・ヤマトは特殊任務としてBWG社に出向することになる。

尤もアズラエルがキラにいったとおり、キラの任務はこれまでのような危険に満ちたものではなかった。キラはアズラエル財閥が保有する

世界最高クラスのコンピュータを用いた電脳戦に従事することになったのだ。

「これで、ジブリールの尻尾をつかめれば良いんですけどね」




 アズラエルが策謀を進めていたころ、プラントでもまた終戦に向けた動きが加速していた。

デュランダルはアズラエルから持ち帰った条件を、和平派の代表格となっているエザリアに告げて、講和に向けてどう動くかを協議していた。

エザリアはテロによって負傷して入院したままであったが、それゆえにパトリック・ザラの作った監視網から逃れることができた。

「こんな条件は呑むことはできない……」

だが、エザリアはあまりの条件の厳しさに、到底条件を呑むことはできないと主張する。息子だったイザークがカーペンタリアで行方不明に

なったことも彼女をかたくなにしていた。デュランダルはそんな彼女に対して、あくまでも理詰めによる説得を図った。

「ですが連合はこれが呑めないのであればプラントを滅亡させることも止むを得ないと考えているようです」

「だがこれでは無条件降伏同然ではないか」

「無条件降伏ではありません。少なくとも条件付降伏といえるものです。少なくとも彼らは一定の自治を認めるつもりです」

「その気なれば踏みにじれるものに過ぎないではないか」

「ですが、そこに望みをかけるしかありません。このままではプラントは滅ぼされます。それにこれ以上戦いを続ければプラント社会そのもの

 が崩壊してしまいます」

「………」

地球からの資源輸入ルート途絶によって、プラント経済は崩壊に向けて突っ走りつつあった。加えて軍需優先による民需の圧迫によって物不足も

深刻化し始める。それは闇市場の活性化をもたらし、ジャンク屋に大儲けさせていた。若年層の大量戦死も、後々に大きな影響を与えるだろう。

「本土決戦で打撃を与えることができれば、多少は連合を譲歩させることができるのではないか?」

「では、仮に打撃を与えたとしても彼らが譲歩する必要があるでしょうか? その気なれば彼らは主要航路を封鎖し、ジャンク屋にも圧力を

 かけてプラントへの資源流入を封じるでしょう。そしてそれを打ち破る力は我々にはありません。そうなればプラントは立ち枯れです」

「………つまり、とるべき道はひとつしかないと」

「たとえ、それが茨の道であっても、我々はその道を通らねばなりません」

「判った。私も協力しよう。しかしザフトは地球軍の第一陣の艦隊を防ぎきれるのか?」

「フリーダム、ジャスティスもありますし、ゲイツの改良型であるゲイツR、新型MSであるザクの生産もすすめています。これがあれば何とか

 凌げるでしょう。ですがザフトは苦戦を免れないでしょう。何しろ相手は最低でも3個艦隊の大軍ですので」

「そして味方が混乱している内に我々がクーデターを起こす、か。言いたくは無いが、卑怯なやり方だな」

「確かに卑怯です。しかしこれ以上の戦争継続は自殺行為です。そのためには卑怯なやり方と非難されてもやり遂げなければいけません」

「だが、連合軍の一部が暴走する可能性があるぞ。特に第一陣の艦隊はブルーコスモス過激派だろう?」

「それならば、そのことを戦後での交渉材料にすればよいのです。少なくとも大西洋連邦に対してはカードになるでしょう」

「……デュランダル議員、あなたは」

「仕方ありません。我々には交渉材料がないのですから」

「……惨めなものだな」





 プラントを存続させたままでの終戦を目指す人間がいる一方で、完全殲滅を目指す人間たちもまた動きを活発化させていた。

ジブリールは必死に世論を煽ってタカ派に傾けようと努力し、ユーラシア連邦、東アジア共和国政府もNJ投下によって発生した被害を全面に

出したネガティブキャンペーンを繰り広げた。同時に彼らは自分達の切り札となる兵器の実戦テストを開始した。

この実戦テストの相手として選ばれたのが、プラント本国を守る防衛ラインを形成する小惑星基地・タイラントであった。

「さて行きましょうか」

アガメムノン級宇宙母艦『ネタニヤフ』を中心とした12隻の小艦隊は工作艦が展開していたミラージュコロイドを解除してその姿を現す。

一方、その姿を確認したザフト軍は即座に戦闘態勢に入る。

「敵襲! 総員戦闘配備!」

「敵は?!」

「12隻です!! 内訳は母艦1隻、戦艦2隻、駆逐艦6隻、工作艦3隻!!」

「舐めやがって!!」

ザフト軍のパイロット達はこのふざけた侵入者に憤りを感じた。

タイラントは元々ブルースウェアよって本国を奇襲攻撃されたことによって急遽設置された拠点であった。ただしその兵力はザフト軍の懐事情

と相まって大規模なものではない。だがそれでもゲイツRやザクなどの新型機が配備され、12隻程度に負けるほど柔なものでもなかったのだ。

「中々の数が出てくるわね」

小惑星基地から次々とMSや戦艦が出てくるのを確認したシアは、ちょっと驚いたような顔をする。

「まあこの程度の相手なら不足は無いか。艦長、私もでるから指揮をよろしく」

シアが率いるMS部隊と、小艦隊はそのあと散々にタイラント駐留部隊を翻弄した。105ダガーから、新型のウィンダムに乗り換えたシアは

その性能を十分に引き出してザフト軍パイロットを打ち負かす。指揮下の部隊も縦横無尽に活躍して、3倍以上の兵力差にも関わらずザフト軍に

苦戦を強いた。

「何をしている!!」

タイラントの司令官は、予備兵力も動員して、目の前の不埒な侵入者を殲滅しようとするが、それを察知したシアは即座に部隊を反転させる。

連合軍が逃げ出したと思ったザフト軍は追撃を開始する。たかが12隻の小艦隊に良い様にやられたのでは立場が無い。

だがこの瞬間、彼らはシアの術中に嵌った。

「コーディネイターって本当に単純ね」

シアはザフト軍が彼女達の後に付いて来るのを確認すると信号弾を発射した。そしてその次の瞬間、ザフト軍の機動部隊がいた場所に向けて

大量のビームが撃ち込まれた。ナスカ級戦艦が、ローラシア級戦艦が相次いで一撃で撃沈される。近くに居たMSも次々に巻き添えになって

撃破されていく。これを見たシアは反転攻勢を仕掛けて、混乱するザフト軍部隊を次々に撃滅していく。

「何?!!」

ザフト軍司令官が現状を確認しようとしたときには全てが遅かった。

「さて、デストロイ、その性能十分に見せてもらうわよ」

シアが見つめる先には、工作艦3隻によって形成されたミラージュコロイドで、その巨大な身を隠していたMA形態のデストロイの姿があった。

「な、何だ、あの化け物は!! くっMS隊を呼び戻せ!!」

「無理です。先ほどの攻撃で、部隊の半数が消滅! 残存部隊は敵部隊と交戦中です!!」

「なっ、まさかこれを狙って!!」

今更ながら、ザフト軍司令官はシアの狙いを理解した。だが理解したとしてもそれは遅すぎた。機動戦力の多くを失ったタイラントにデストロイ

を止める力は無かった。据付のビーム砲やミサイルで攻撃を仕掛けるが、デストロイには全く効果が無い。むしろ逆に砲座が潰されていく。

いやデストロイによる攻撃は表面に留まらず、基地内部にも達した。分厚い岩盤や装甲が紙のように撃ち抜かれていく。

司令部にあるモニタは、異常を示す赤い警告画面で一杯になっていた。

「本国に、敵が未知の大型MAを投入したと報告しておけ……」

「駄目です。通信アンテナが破壊されたようで、交信不能です」

「くっ」

基地司令官がそういって悔しげに顔をしかめた瞬間、基地の最奥に設置されていた司令部もまた、デストロイの圧倒的火力の前に消え去った。

この様子を見たシアは満足げだった。

「試作型とはいえ強化人間達は使えるわね」

彼女はデストロイに乗せた3人のパイロットのことを思い出す。ちなみに彼等はブルーコスモスシンパのエースパイロット達だ。

デストロイは、その巨大さから一人で制御するのが困難だった。このために3人のパイロットが乗り込み、操作を分担する方式を取っていた。

これはザムザザーの方式を参考にしていた。ただしサポートシステムそのものは桁違いであり、デストロイを十分に操る事ができる。

「研究資金のもとを取るために、せいぜい頑張って貰わないと。さっさと次の狩りに取り掛かるとしましょうか」

この日を境にして、ザフト軍の防衛ラインは蟲に食い荒らされていくかのように穴だらけとなっていく。

プラントを守る為の防衛ラインは、その中核をなす基地群が次々にデストロイによって破壊されたことで急速に崩壊しはじめたのだ。

勿論ザフト軍も、手をこまねいていた訳ではなく、独立部隊が現れるとすぐにエターナル級を中心にした高速部隊を増援として派遣する態勢を

整えた。しかしそれでも尚、シアが率いる独立部隊を捕捉できなかった。

「前線指揮官は何をやっているのだ!」

パトリックは、一連の被害の報告を受けて激怒した。執務室全体が震えるような怒声が響き渡り、その場に居た者は冷や汗を流した。

「すでにプラントは丸裸同然ではないか!!」

「申し訳御座いません」

ザフト軍高官達は、パトリックの怒りに頭を下げるしかなかった。何しろ実際に独立部隊を撃破することができていないのだ。加えて宇宙軍の

被害も鰻上りであり、そのダメージはザフト宇宙軍全体から見ても、危険な水準に達していた。

「謝罪は言わなくても良い。それよりも、どのような手があるかを聞きたい」

「それは……」

「無いのか?」

「…………」

神出鬼没の独立部隊を潰す方法など彼らは持ち合わせていなかった。あるとすれば厳重な哨戒網と十分な守備兵力を各地に置く事だが、それは

今のザフトには実行不可能であった。さらに言えばこの状況でプラント本土決戦を行えば甚大な被害を受ける事は間違いない。

だがパトリックは地球連合との講和の道を探っていたが、すでに地球連合軍がプラント総攻撃の準備を推し進めていることを知ると徹底交戦する

ことを決意した。尤も実際には、このように敗北は明らかだったが。

「『ブリューナグ』を前線基地に配備できないか?」

新型のミサイルの名を出すパトリックだったが、帰ってきた答えは否定的なものであった。

「本国に配備するだけで精一杯です」

「ではどうする?」

「現状でこれ以上兵力を消耗しない為には前線基地を放棄するしかありません」

それはプラント本国周辺の防衛ラインそのものを放棄することに繋がる。

「最終防衛ラインにまで部隊を引き下げれば、全力で敵襲にも対応できます」

「それでは直前まで敵を発見できないことを意味するが」

「分っています。ですが……」

「背に腹は変えられない、か」

かくして、ザフト軍はその防衛ラインをヤキン・ドゥーエを中心とする線に後退させ、戦力の集中を図ることになった。

このザフト軍が大打撃を受けているという情報は、サザーランドを通じてアズラエルの手元にも齎された。

「やれやれ、ジブリールはかなり派手にやっているようですね」

『はい。ザフト軍はかなりの損害を受けたようです。また各地の基地を放棄して兵力の撤収を開始したとの情報も』

アズラエルの手元には、キラのハッキングで手に入れた物も含めた多くの情報が記された書類があり、そこにはデストロイに関する記述もあった。

「ふむ……やれやれここまでやるとは思っても見ませんでした。ひょっとしたら、プラントが本当に壊滅するかもしれませんね」

3個艦隊に加えて、今回暴れまわっている独立部隊が加わればひょっとしたら、プラントは核攻撃を防げないかもしれない……アズラエルは

そう思うようになった。彼はしばらく黙り込んだあと、あることを思い出して尋ねた。

「……ラクス軍の残党はどうなっています?」

『アズラエル様、まさか……』

「ええ。もし、まだ使い物になるんだったら、この際役に立ってもらいましょう。どうせ連中は掃滅する予定だったんですから」

そういうとアズラエルは電話を切った。そしてため息をつく。

「キラ、そしてラクス軍の最終決戦への登場。これも歴史の修正力ってやつか? 全く本当に歴史の神ってやつは」

その呟きは誰にも聞き取られることなく、部屋の中に消えていった。












 あとがき

 青の軌跡第45話をお送りしました。さてシアたちの奮戦(?)によってプラントの防衛ラインはズタズタになりました。

デストロイについてですが、なぜかビクザムのようになってしまいました。ですがこのデストロイの暴れまわった結果として

ザフト軍はさらに弱体化してしまい危機的状態です。さて、予定では、次回でついに最終決戦であるプラント本土決戦になる

予定です(まあ本土決戦の前の各勢力の最後の動きやラクス残党についても書きますけが)。展開がちょっと速すぎたかも(汗)。

駄文にもかかわらず最後まで読んでくださりありがとうございました。

青の軌跡第46話でお会いしましょう。