フェイタルアロー作戦終了後に齎された最終報告を自分の執務室で読んだアズラエルは顔を引きつらせていた。

「主力艦隊は艦船の3割を喪失。MSに至っては5割……ふふふ。再建にどれだけ金が居ると思っているんだ!!」

あまりの被害にさすがのアズラエルも怒り心頭だった。これに加えてユニウス4が崩壊したという報告を受けて、彼は卒倒しかけた。

「…………ふふふふ、過労ってことで入院しようかな」

そういった直後、アズラエルは胃の辺りで猛烈な痛みを感じて、慌てて机の引き出しから胃薬の入ったビンを取り出す。彼は胃薬を三錠ほど

取り出すと、机の上に置いていたコップの中にある水を使って一気に流し込む。

「うう。また胃が……くそったれが」

フェイタルアローの後始末で、徹夜続きのアズラエルの胃は甚大なダメージを受けていた。それはまるで、ボクサーに延々と殴られ続けてボロボロ

になったサンドバックのような状態だった。

「ブラックコーヒーで眠気覚ましをするにも限度があるぞ……」

しかし彼はある意味で、これが最大の山場であることも理解していた。

「だがジェネシスを破壊したことで、プラントに対して連合は圧倒的優位に立った。ここで何とか連合内部を纏めれば講和にこぎつける」

ユニウス4が崩壊したことで、色々と穏健派から文句が出そうだったが、彼は全ての責任をラクス達の責任に押し付けるつもりだった。

プラント本国での戦闘で捕虜にした正体不明の軍の兵士を尋問した結果、ラクスを首班としたイレギュラー集団であることは判明していたのだ。

ユニウス4崩壊の原因を作り、ブルースウェアに大損害を与えた軍の正体がラクス軍と知ったアズラエルは怒り狂ったものの、アズラエルは

このことを最大限に利用するつもりだった。

「あの馬鹿姫に全ての責任を押し付けてよう。穏健派の連中も原因がラクス達のせいだと判れば多少は大人しくなるはずだ」

アズラエルはアーノルドの行為は緊急避難的な行動だったと主張し、アーノルドやハリン、さらに言えば自分への追求を和らげようと思っていた。

勿論、それでもこの作戦を強行したアズラエルへの批判はやまないだろうが、ある程度は沈静化させることはできるはずだ。

「あの女さえいなければ……くそ。あの馬鹿姫め、逮捕したら裁判にかけたあとにテロリストとして公開処刑してやる!!」

しかし大声を出して怒鳴った瞬間、今度は頭が痛くなったアズラエル。彼は痛みに耐えながら、引き出しの中にあった頭痛薬を慌てて飲んだ。

「このところ、この薬の効き目も薄くなっているな……もっと効く奴に変えるか?」

医者が聞いたら間違いなく止めるように進言することを言うアズラエル。どうやら彼も大分追い詰められているようだ。主に心身面で。


 アズラエルが色々と追い詰めらる原因を作った反ブルーコスモス派のメンバーは北米某都市での会合で齎された報告を聞いて祝杯を挙げていた。

「これでブルーコスモス連中も少しは大人しくなるでしょうな」

ブルーコスモスの私兵たるブルースウェアが大損害を被ったとの報告は、普段散々にブルーコスモスに煮え湯を飲まされている彼等にとっては

大いに溜飲を下げるものであった。尤もジェネシスの情報を知ったメンバーの何割かは自分達のしたことが単なる利敵行為なのではないかと

思っていた。そんな人間の中には反ブルーコスモス派の中心人物であるアンダーソンもいた。彼は会合の後、カナリス提督を呼び出して尋ねた。

「……カナリス提督、何故、君はこのジェネシスについての情報を報告しなかったのだ?」

「……私が将軍に報告して情報のリークを止めさせても反ブルーコスモス派の中には勝手に情報をもらす輩がいるかもしれません。

 それなら、私がうまく情報の流れを操作した方が得策だと判断しました。ブルースウェアがあれだけ大損害を受けるとは予想外でしたが」

カナリスは苦い顔で答える。さらにカナリスはこの場で言わなかったが、マリアに作戦が漏洩していることを教えたのは他ならぬ彼だった。

(ラクス軍の戦闘能力は想定していたよりも高いのか? そうだとすれば些か厄介だな)

ラクスの存在を疎ましく思うカナリスは、彼らを始末するときにかかる労力を考えて渋い顔をする。

「将軍に黙っていたことは謝罪します。ですが私に他意があったわけではありません」

後ろめたい事をやっているくせに平然と言ってのけるカナリス。尤もその程度出来なくては情報将校などやっていられないだろう。

「……分かった。今回は貴官のことを信じよう」

「ありがとうございます」

そう言ったあと、カナリスは改まった様子で将軍に尋ねた。

「将軍はラクス・クラインを如何なさるおつもりです?」

「……現時点では彼等を切り捨てる必要があると思っている。少なくともジェネシス破壊を成し遂げたブルースウェアは現大戦での有数の功労者だ。

 彼らを味方である連邦軍が背後から撃ったとばれたら拙い。それに……今回の事で彼らの役割もほぼ終った」

アンダーソンとしては、この作戦で受けたプラントの損害は、戦争そのものを終局にもっていきうるものだと思っていた。戦争が終れば、金の無駄

である軍備は削減される。そうなれば金食い虫のブルースウェアは再建される事無く縮小され、脅威ではなくなるとアンダーソンは判断していた。

「切り捨てるのは早目の方がよろしいかと。今回の作戦でラクス軍の兵士が捕虜になったそうですし」

「何? 本当か?」

「はい。会合の後に入ってきた最新の情報です。恐らく3ヶ月以内に連中はラクス軍の本拠地を攻撃するでしょう」

「……では、その前に我々の息のかかった部隊を引き上げさせよう。反ブルーコスモス派の将校も今回の一件で大分、溜飲を下げたはずだから

 不満はあまり無いだろうしな」

「機密保持のために、情報部の工作員に命じてメンデル内部の証拠を隠滅するのも必要です」

「頼む」






            青の軌跡 第35話







 ジェネシスを破壊することに成功して3日後、様々な紆余曲折を経てアズラエルとマリア・クラウスとの1対1の会談が開かれた。

会談が開かれたアズラエル財閥の所有するビルにある会議室…見た目は質素だが、見る人が見れば相応に高価な作りになっている一室の気温は

会談をしている2人の人間が発する空気によって、肌寒いまでに低下していた。

「まさか死者、行方不明者併せて30万人以上の犠牲者がでるとは……約束が違いますよ? 盟主」

マリアの咎めるような声にアズラエルは内心でダジダジになりながらも、内心の動揺を悟られないように答えた。

「確かにこれは遺憾でした。ですがアーノルド准将やハリン少将の話を聞く限り、これは仕方が無かったことなのです」

「仕方が無い? 民間人を30万人近く殺しておいてですか? これだけの死者が出れば戦後にどれだけの溝を生むか判っているのですか?」

そんなことは判っているさとアズラエルは内心で呟く。

「確かに30万人の死者は見過ごせない数です。ですが今回の犠牲はあくまでも誤射であり、故意に撃ったものではありません。

 それにアーノルド准将が攻撃を実施しなければ我が軍は例のテロリスト集団とザフトの挟撃にあい全滅していましたよ。それとも貴方は

 友軍に全滅しろとでも? 一万人近くの人員を宇宙の塵としてもよかったと?」

ユニウス4の崩壊で生じたデブリによってザフトの行動は著しく阻害された。またザフトは救助作業を行わなければならなくなったことで

ブルースウェアを追撃する余裕を失ったのだ。これが無ければ、追撃を許していたことは疑いが無い。

「そこまでは言いません。ですが全滅する危険があるのなら降伏するのも……」

「相手がどこまで捕虜を扱うかはお分かりでしょう? それにトライデントなどの重要機密も相手に渡ります。そうなれば必然的に戦争は長期化

 するでしょう。それはそちらの目的にもそぐわないのでは?」

「………」

「私としても30万人の犠牲は痛ましい限りです。しかしかといって味方の将兵に死んでまで他国民の命に気をつけろとまでは言えません」

暫く両者のにらみ合いが続く。アズラエルとしても、マリアの言いたいことは判っていた。確かに30万人もの民間人を殺害すれば、戦後にどんな

禍根を残すか判ったものではない。しかしながらアズラエルとしても自分の立場がある。曲がりなりにも自他共に強硬派と目される自分がマリアの

言うようなことを認めたとなれば立場が無い。

「貴方との約束を破ったことについては、私も非常に遺憾に思っています。ですが、過ぎたことを蒸し返しても始まりません。今は未来志向で話を

 進めるべきです」

「………では何か策があると?」

マリアの問いかけにアズラエルは待ってましたとばかりに答える。

「勿論です。つまり今回の作戦で大量の戦死者を出した原因を公表すればよいのです」

「……例の謎のテロリスト集団のことですか?」

「ええ。そのとおりです」

そういうとアズラエルは、テロリスト集団の正体について書かれた書類を鞄から取り出し、マリアに渡した。マリアは書類を渡されるなり即座に

読み進めていく。そして読み進めていくうちに彼女の顔がゆがむ。

「プラントの歌姫がテロの首謀者と?」

「はい。新型のエターナル級を含む多数の艦隊から構成されているそうです。さらに言えば指揮官はかの名将バルトフェルド。おまけに寄せ集めと

 は言え、ジャンク屋からも補給を受けているとのことです。まあ軍内部の裏切り者も物資を横流ししているのは間違いないでしょうが」

「それにしても、ダガーやジンだけではなく、新型のゲイツまであるとは……相手はかなりの規模の組織ですね」

マリアもラクス軍の規模を見て、驚きを隠せない。

「おまけにラクス・クラインに忠誠を誓う狂信者が多いとのことですし。全く厄介な連中です」

史実でのラクス軍の存在を知るアズラエルは、思わずぼやいた。

(キラも、アスランもいない上に、アークエンジェルやクサナギも無い状態でここまで強いとはね。全く狂信者を相手にするほど厄介な事は無い)

心の中で毒づきながら、アズラエルは話を続ける。

「ラクス・クラインに扇動された狂信者がプラント本国でクーデターを起こそうと駆けつけたときに偶発的戦闘が発生。これの巻き添えになり

 ユニウス4が崩壊した……こんな宣伝をすれば、プラントの怒りをラクス・クラインに向けることは可能だと思います」

「本当に出来るのですか?」

「ええ。ついでに言えばプラント本国では、政権ナンバー2のエザリア・ジュールと、財界のVIPがテロ攻撃にあっています。プラントでは

 混乱のためにうまく犯人を洗い出せていないようですが、これを利用して印象操作をすればうまくいくでしょう。何しろ、彼女はフリーダムや

 エターナルの奪取を行ったテロリスト、さらに地球軍にNJCの情報を漏らした売国奴なんて思われているようですし」

「しかしそれでも攻撃が地球軍、いえブルーコスモスによって行われたという事実は消えませんよ?」

「確かに否定はしません。ですがこちらは攻撃目標を限定しています。その気になれば核攻撃で一基残らずプラントを宇宙の塵とすることが

 出来たにも関わらず……です。それを考慮すれば、誤射で生じた30万人の犠牲はまだ言い訳が出来ます」

自分でも苦しいいいわけであることを理解しながら、アズラエルは話を続ける。

「今回生じた30万人の犠牲者は、戦後に私が私費で弔いましょう。そうすれば、多少なりともブルーコスモス、強いてはそちらへの風当たりも

 弱まるでしょう。まあそれでも新人類を自称するコーディネイターは旧人類の蛮行として私を追求するでしょうが」

アズラエルは肩を竦めながら、おどけるように言う。

「戦争に勝った者が歴史を記録する権利を得るのです。そしてその権利はほぼこちらのもの。後世で色々と言う人間もいるかもしれませんが

 戦争で勝ちさえすれば、多少歴史を弄くる事など造作もありません」

アズラエルの策を聞いたマリアは暫く黙考していたが、納得したのか頷く。

「まあやむを得ないでしょうね」

「助かります」

「ですが、今回の一件で契約を破られたことも事実です。この埋め合わせはしていただけるのでしょうね?」

マリアはここからが本題とばかりに尋ねる。

(彼女も実利優先だな。先ほどまでのやり取りは前座か)

この姿勢にアズラエルも苦笑するも、即座に答える。

「勿論です。お得意様である貴方を無碍にすることはしません」

アズラエルとしては、穏健派との協調が必要である以上、マリアの顔を立てる必要がある事を理解していた。今回の一件で少なからずマリアの顔に

泥を塗るような真似をした以上は何かしら穴埋めをする必要がある。

「ですがあまり高価な買い物はできませんよ。うちも余力ありませんし」

「まさか。今回の作戦で戦争が実質的に決着した以上、ブルースウェアを再建する必要はないはずですよ」

「遺族への手当てとかもありますから……」

「それほどのものなら、戦艦を建造して配備するほどのお金は要りませんよ?」

まだまだ金に余裕があるんだから、ケチケチするな、と言外に込めて言い放つマリアに、アズラエルは思わず顔が引きつる。

「いえいえ、うちもそんなには……」

「ロゴスから資金提供もされているんですから、問題はないと思いますが?」

「はははは……(全てお見通しかよ)」

ここまで指摘されると、もはや笑うしかないアズラエル。だがここで黙って従っていては商人ではない。

(何とか値切らなければ………)

そういうと彼は改めて交渉に臨む。

「それでそちらの提案は?」

「はい。私の提案は戦後処理についてです」

「戦後処理?」

「はい。この戦争で地球連合諸国は我が国を除いて深刻な損害を被っています。戦後ではプラントに莫大な賠償金を課す必要があるでしょう」

「それは確かですね」

今回の戦争では、地球連合に属する国々、特にプラント理事国であった大西洋連邦、ユーラシア連邦、東アジア共和国は大きな損害を被った。

ユーラシア連邦では黒海沿岸の資源地帯が瓦礫の山となり、ビクトリアのマスドライバーなどの必要なインフラも破壊された。連邦の中核を占めた

西欧諸国も一時的にとは言え、占領されるなど被害が大きい。東アジア共和国では、長らく抑圧していた少数民族が独立を目指して活発に動きだし

ていた。東アジア共和国中央政府はこれを武力で弾圧しているものの、経済の疲弊と相成って国家解体の危機といえた。

この2カ国はプラントに対して莫大な賠償金を要求するだろう。さらに経済の建て直しを図るために戦前を上回る搾取を行う可能性が高い。

「しかし今回の戦争でプラントも大きく疲弊しています。恐らくはすぐに賠償金を支払うのは困難でしょう」

「まあそうかもしれませんね」

今回の戦争でプラントは大いに疲弊した。さらに若年層が大勢戦死したことで、人口構造が大きく崩れており、社会を維持できるか怪しくなった。

ここで多額の賠償金をすぐに支払うのは困難と言える。このことを理解しているアズラエルは、マリアが何を言おうとしているのかを察した。

「まさか、プラントからの賠償金の取立てを………」

「はい。一時的でもよいので猶予してください」

「モラトリアムですか……しかし、我が国は兎に角、他のプラント理事国を説得しないと」

「そこを盟主にお願いしたいのです」

(厄介な仕事を!!)

アズラエルは思わず舌打ちした。アズラエルの権勢を持ってすれば、ロゴスを動かして各国首脳に圧力を掛けることは可能だが、さすがに賠償金の

問題となるとそうそう上手くいかない。どこの国も、今回の戦争で費やした戦費の穴埋めをする必要がある。

大西洋連邦はNJCの権利を独占してぼろ儲けした。また量産型MSや新型MAなどの戦争継続に欠かせない兵器を輸出して死の商人として

金を儲けた。おまけに原発が復活してからは生産力が回復して消費財も大量に輸出できるようになったので、かなり損失を穴埋めできた。

だが他の国は穴埋めどころか、穴がむしろ拡大している状況だ。現時点では絶対に反対されるに決まっている。

「………」

黙考するアズラエル。そんな彼にマリアは説得するように言う。

「プラントも疲弊しているので、支払能力は殆どありません。無茶に取立てをしても効果がないのであれば、労力の無駄ですし、悪戯に反連合

 感情を強めるだけです。それは私たち穏健派にとっては望ましいことではありません」

「まあ否定はしませんが、この提案では私にとっての得が全くありませんよ」

「プラントが再建できるようにアズラエル財閥が投資をすればよいのです。ロゴスの方々でも良いですが、私たちはそれを支援します」

「つまり、私たちの金でプラントを再建させてから賠償金を支払わせろと?」

「はい。短期的にはアズラエル財閥は多くの支出が必要でしょうが、長期的に見れば資金の回収は可能です。それに利益も上がるでしょう」

この戦争で多くの国の企業は疲弊している。工場を破壊されたり、会社や研究所を失ったりした。アズラエル財閥もその例に漏れないが本社や

主力工場、研究施設が無事なために余裕はある。ブルースウェアなどという金食い虫の再建をしなければさらに余裕はできる。

「政府にアズラエル財閥やロゴス関連企業の投資を後押しさせます。プラントを経済的に完全に隷属させるためといえば反対する人間もいない

 でしょう。それにプラントでも賠償金の支払いを猶予してくれる我が国を恨む連中は減るはずです」

「………」

疲弊しているとは言え、プラント企業の技術力は侮れない。これをすべて収奪することが出来れば大きな利益となる。

「……ですがそうなると他国に、ユーラシアや東アジアの借金を一部棒引きするか、支払いを猶予する必要がありますが」

「過去に例がありますし、問題ないでしょう。それに私も微力ながら協力しますし」

(やれやれ、第二次大戦後のマーシャルプラン再びか……まあ上手くいけば、ロゴスを中心とした経済支配が完成するしな。何とかあの爺達を

 説得してみるか)

また独裁者とか、金の亡者とか言われるなと思って暗鬱な気分になりながらも、アズラエルはマリアの提案を了承した。

「あとは、あのテロリスト達ですね。こいつらを殲滅しないと枕を高くして眠れません」

「彼らを討伐するのはいつにするおつもりですか?」

「……ブルースウェア主力艦隊の半分とアーノルド隊を合わせて30隻程度の艦隊と、連合正規艦隊1個艦隊で攻撃しようと思っています。

 敵の本拠地であるメンデル周辺の情報収集も考慮して2ヶ月後といったところです。」

「判りました。吉報をお待ちしています………それにしても、ラクス・クラインは何を望んでこんなことをしたのでしょうか?」

「さあ狂信者のことなんて判りませんよ。ですが敵であり、こちらに害を与えるのなら滅ぼすだけです」






 ブルースウェア艦隊によってジェネシスが破壊されたことによって、この大戦は実質的に終局を迎えようとしていた。切り札を失ったプラント

上層部は急速にその戦意を喪失していた。度重なる通常兵力の消耗により、すでにプラントを守る兵力を確保することすら覚束ない状況であること

を理解しているザフト軍上層部は、これ以上の戦争継続は困難であるとの見解で一致していた。

「降伏もやむを得ないのではないか……」

そんな声が囁かれ始めていた。市民の間ではユニウス4の崩壊で30万人もの民間人の犠牲者が出たために、地球連合への復讐を叫ぶ声が出た

ものの、これまでの長期間の戦争での疲弊から、このあたりで手を挙げたほうが良いのではないかという声も出始めていた。

経済の停滞、帰ってこない若者達の激増、そしてついに本国まで攻撃を受けるようになったことが次第に反戦ムードを作り始めていた。

幾ら戦争継続を上層部が叫んだとしても市民の間にも限度がある。戦争を始める前よりも状況が悪くなり、さらに状況が良くなる兆候がまったく

ないことが市民の間の士気を大きく下げていたのだ。

「もはや戦争継続は困難か……」

頼みの綱であったジェネシスが破壊されて、パトリック・ザラは急激に老け込んだ。エザリア・ジュールの負傷や、財界の首脳が殺されたことも

追い討ちを掛けていた。

「内憂外患とはこのことだな……」

パトリックはいかに良い条件で、降伏するか……このことを考えるようになった。さすがの彼ももはや状況を覆す術は無かった。何しろ今回の

戦で登場したミラージュコロイドを使った擬装を施した敵艦隊を発見するには、これまで以上に濃厚な哨戒線を構築する必要がある。

だが今回の戦いでボアズと多くのMS、艦船、人員を失ったザフトにそんな余力は無い。つまり相手は好き勝手にプラントを攻撃できるのだ。

さらにに核で攻撃されてもザフトは防げないし、満足な報復手段もない。カーペンタリアの核と生物兵器を使ったとしてもプラントが先に全滅させ

られるのがオチだ。そのことを理解しているパトリックは次第に降伏を考えるようになる。

だがプラントの最高指導者であるパトリックが降伏を考えているころ、何としても戦争を継続させることを目論む男がいた。

「ジェネシスが破壊されるとは……くそ、パトリックも存外に頼りない」

ラウ・ル・クルーゼはプラント本国での戦闘の結果を聞いた直後は、自分の計画が完全に崩壊したことを知って呆然自失となったが、その屈強な

精神力で精神を立て直すと、次に打つべき手を考えていた。

「私を含む強硬派で打って出るしかないか。このままではプラントの降伏と同時に武装解除されてしまう……そうなれば全ては水泡と帰す」

そういうと同時に、彼は地球連合内部で自分と接触を持とうとしている勢力の存在を思い出す。

「アズラエルが使えないとなると、あの男を利用するしかないか。多少、アズラエルには見劣りするがやむを得ないか」

このときからザフト内部の強硬派と地球連合の、厳密に言えばブルーコスモス過激派が連携する動きが始まった。最初こそ、それは誰も気づかない

小さな物だったが、次第に大きな流れとなり、世界にその姿を現すことになる。








 あとがき

 青の軌跡第35話改訂版をお送りしました。

ちょっとアズラエルの態度があれだったので、今回は若干修正しました。

駄文にも関わらず最後まで読んでくださりありがとうございました。青の軌跡第36話でお会いしましょう。