カオシュン基地の陥落によって地球圏における軍事的優位を確立した地球連合軍だったが、このたびの戦いで受けた消耗は少なくはなかった。

東アジア共和国は陸軍最強と言われた第5軍の2割、大西洋連邦は投入した洋上艦隊の1割強を失うと言う損害を被っていた。このため暫くの間

戦力の回復に努める必要があると連合軍最高司令部は判断していた。また連合軍はこれまでの戦いでザフトのゲイツ、フリーダム、ジャスティス

に手痛い損害を被ってきたことから、ダガーLの生産を加速させると同時に、より強力な新型MSの開発を急ぐことにした。

ダガーLは元々は105ダガーの廉価版ともいえる機体であり、ゲイツと互角以上に戦える機体であるが連合軍はそれだけでは満足しなかった。

フリーダム、ジャスティスの存在もあったし、ザフトがより強力なMSを投入することを予測した彼らは、フリーダム、ジャスティスを圧倒出来る

MS、或はMAを欲していた。一応、トライデントはフリーダム、ジャスティスを火力面で圧倒することが出来たが、余りに単価が高すぎて量産が

難しい。維持費だけで戦艦並という化け物なのだから予算に煩い官僚達がいい顔をする訳が無い。彼らはより安価で強力な兵器を望んでいた。

この要望を受けたアズラエルは早速、次世代MS、MAの開発を急がせることにした。

「GAT−X04ウィンダムとYMAF−X6BDザムザザーの開発を急がせてください」

アズラエルは財閥の開発部の主な責任者を集めた会議で、早速新型機の開発を進めるように命じた。

「ですが、予算の関係もあります。トライデントやアヴァリスの開発に資金が必要でしたので、さらに開発を加速するとなると追加予算が」

「勿論、追加予算は回します。軍需産業の業績は堅調ですし、幸い西ヨーロッパの復興事業でもかなりの工事を受注できましたから」

アズラエル財閥は地球連合軍が使用しているMSの大半を卸す一方で、世界各地のインフラ再建のための工事の受注に成功していた。

特に原子力発電所を再稼動させるには、アズラエル財閥が特許を独占しているNJCの使用が必要不可欠であり、特許料金等がアズラエルの懐を

より潤していたのだ。尤もブルースウェアの維持や、新型MSの開発と言う異常に資金を必要とする事業も多くあったので、資金振りに余裕がある

とは言えないが……。アズラエルは頭の中で算盤をはじきつつ、開発部の人間達に言った。

「無論、足りないのであれば、ロゴスの老人達に融資してもらいますよ。何しろ、彼らも今回の戦争で酷い目にあいましたからね。何とかして

 被った損失分は回収しておきたいでしょう」

大西洋連邦本国は戦火による被害こそなかったがNJの影響で少なからざる経済的損失を被っていた。特に従来の輸送、通信システムの崩壊と

エネルギー不足による都市機能の停止による経済的損失は、小国の国家予算を遥かに超えるレベルのものだった。これは多くの資本家に多大な

痛手となっており、彼らとしてはどこかでこの損失の穴埋めをしておきたいと言うのが本音だった。

「プラントの利権を餌にすれば、あの金の亡者達も動くでしょう」

そんなアズラエルの言葉にその場にいたメンバーは内心で「あんたも同じだろう」と突っ込みを入れた。勿論、アズラエルはそれに気づかない。

「艦艇についてはどうなっています?」

「カタパルトと格納庫を加えることで、運用能力は大幅に向上しました。特にアガメムノン級宇宙空母はエセックス級に準じる能力があります」

「またMSを搭載可能にした改装空母もかなりの数が就役しています。こちらは輸送船団の護衛に役立っているようです」

アズラエルの強い推進によって実現した輸送船を改装して作られた改装空母は、各地でかなりの活躍をしていた。無論、元々装甲が無きに等しい

ため前線で華麗な活躍こそできないが、後方での活躍は特筆に価するものであった。彼らは月基地や各ステーションに安全に物資を届ける重要な

役割を担っている。アズラエルはこの報告に満足すると、気になることを尋ねた。

「ブルースウェアはどうなっています?」

「現在、ブルースウェア所属艦艇はほぼ全艦がMS運用能力を有しています。能力的には連合軍の1個艦隊を圧倒できると思われます」

「トライデントと……例のシステム『アルキメデス』の件はどうなりました?」

「エセックス級空母を改造することで運用が可能になりましたが、トライデントを運用可能にした分、他のMSの運用能力が低下しています」

「アルキメデスは展開時間が1時間ほどまでに短縮できました。ですがNJの影響が強いエリアですともう少し時間が掛かる可能性があります」

「そうですか……」

そう言うとアズラエルは報告書に目を通す。彼は報告書に書かれたメリット、デメリットを頭の中で天秤に掛ける。

「……まあこの程度なら問題ありませんね」

そのあと2、3の報告を聞いて、アズラエルは会議室を後にした。といっても、彼に休憩などはありはしない。このあとすぐに国防産業連合高官達

との会議がある。会社の廊下を歩きながら彼は思わず愚痴をこぼす。

「……忙しすぎるよ、全く」

アズラエル財閥総帥、ブルーコスモス盟主、国防産業連合理事の3つを兼任している彼は凄まじく忙しい。さらに言えばアズラエルの中身である

修は大した社会人経験がない大学生なのだ。修が憑依する前のアズラエルの能力をそのまま使えても、彼にとって今の日常はハード過ぎた。

「……国防産業連合の会議のあとは何がありましたっけ?」

彼は自分の後ろを歩いている女性秘書にスケジュールを確認する。

「本日午後1時からユーラシア連邦、東アジア共和国政府大使との会談があります。午後3時からは重役会議が、午後4時半からは……」

次から次へと告げられるスケジュールを聞いて、アズラエルは内心で溜息をついた。そして、切実に思った。

(下手すれば過労死するかもな……いや生き延びても大量虐殺者の汚名まで着る羽目になりそうなんだから、全くやってられないよ)

ちょっと涙が出そうなアズラエルだった。

(まあ何はともあれ、あの爺さん連中に、フェイタルアロー作戦を認めさせないとどうにもならないか)

ジェネシスを破壊するべくブルースウェアをプラント本国まで送りこむには連合の許可が要る。ブルーコスモスは確かに連合に対して大きな

影響力を有しているものの、連合の意向を完全に無視することなどできない。このためアズラエルは国防産業連合を通じて大西洋連邦等の主要国

への根回しを行うために国防産業連合の総会を招集していた。

「それにしてもまた男、爺さん連中と顔をつき合わせての交渉か……くそ、たまには幸薄美女や美少女パイロットとの甘い出会いがあっても良い

 じゃないか。何で俺はこうも毎日毎日一癖も二癖もあるようなオッサンと腹の探り合いをしなくちゃならないんだ」

しかし彼の幻想(ファンタジー)を認めてやるほど世界は甘くはなく、今日もむさいオッサン達との会議に臨む事になる。






                       青の軌跡 第27話





 アズラエルが会議室に入った時には、すでに国防産業連合の主要メンバーが壁に埋め込まれたモニターの向こう側に勢ぞろいしていた。

『このたびはどのような用事ですかな、理事?』

『左様。事前の調整なしでの召集。よほどの事態なのでしょうな』

国防産業連合の主要メンバーは事前のアポもなしに自分達を招集したアズラエルに対して軽い嫌味を放つ。アズラエルは彼らの行動に苛立ちを

覚えるが、それを日頃の仕事のおかげで鍛えられた忍耐力で無理やり抑える。

「日頃忙しい皆さんに事前に連絡できず、迷惑をおかけしたのは心苦しく思っています。ですがことは緊急を要するものなので」

アズラエルは軽くメンバーに謝罪すると、手元のコンソールを操作して彼らにジェネシスと『フェイタルアロー』作戦の情報が入ったファイルを

メンバーに送る。彼らはアズラエルが寄越したファイルを速やかに読み進めていくにつれて緊張した表情になっていく。

『これは……』

『確かに非常事態ですな。まさかあのような物を作っていたとは』

『しかし何故、連合情報部はこれを掴めなかったのだ?』

多くメンバーはファイルの内容に顔面を蒼白にしながら囁きあった。アズラエルはそのざわめきが収まるまで待ってから切り出す。

「皆さんにお見せしたように一刻の猶予もありません。あの空の化け者達の巨大兵器『ジェネシス』を叩き潰さなければ我々は滅びます」

この言葉に、多くの人間が同意する。彼らとて、自分達を打ち滅ぼすことの出来る巨大兵器を放置しておくことなど出来はしないのだ。

アズラエルはとりあえず、プラントに対する融和策を唱える人間がいなかったことに一安心する。

「僕としてはこの作戦であの忌々しい兵器を叩き潰そうと思っているのですが、皆さんはどうでしょうか?」

『確かに、あれを叩き潰す必要はわかります』

『ですが何故連合軍がジェネシスへの攻撃に参加しないのです?』

「連合宇宙軍は再編成の真っ最中で動ける艦隊が少ないのです。動ける艦隊は陽動任務がありますし」

連合宇宙軍は再編成の真っ最中であり、動ける艦隊など殆ど無いのが現状だ。このために今回はブルースウェア単独で作戦を行うことになった。

だがブルースウェア単独で行うというのが彼らには心許なかった。

『しかし月基地の第1艦隊、第2艦隊は動けるはずです。もてる戦力を全てつぎ込まなければ勝てないでしょう』

「機密保持のためです。我々はプラント本国に近づく方法は手に入れましたが、大規模に動けば途中で探知されます。それに第1艦隊を動かせば

 月基地周辺の戦力ががた落ちになりますし、それを悟られればプラントに要らぬ警戒感を持たせてしまいます」

アズラエルは妙な展開になったと思い始めたが、同時に彼らの懸念も当然かと考えるようになった。

(戦力は集中して使うのが戦争の原則だからな……1個艦隊の戦力でプラント本国周辺に殴りこみに行くよりは、もう1個艦隊を連れていけと

 言うのも当然か)

しかし今回の作戦を成功させるには作戦の秘匿が最も重要な要素となる。大部隊を動かしたとしても、それを察知されれば全ては水泡を帰す。

「繰り返すようですが、この作戦は秘密裏に運ばなければなりません。そのためには1個艦隊程度の戦力が最も適当なのです」

『……それでプラント本国周辺に張られている防衛ラインを突破できるのですか?』

「突破は可能です。艦隊には拠点攻撃用MSトライデント、ダガーLの先行生産機、さらに新型Gアヴァリスも配備しています。パイロットについ

 ては、強化人間やソキウスを配属しているので2倍近い相手でも互角以上に戦えるでしょう」

『ハードウェア、ソフトウェア共に十分ということですか』

「ええ。連合の正規艦隊をつぎ込むよりは成功率は高いとの試算もあります」

『ですが万が一、この作戦が完全に失敗すれば、彼らが何らかの行動に出ることが予想されます。その対処はどうなさるおつもりです?』

「月艦隊を総動員して核による総攻撃に出ます。全艦隊を動員すればザフト軍を圧倒することは出来るでしょう。仮にそれが無理な場合、強いて

 言えば最悪の場合はプトレマイオスを放棄し、ダイダロスに艦隊を集結させます。月の裏側にあるあの基地なら、ジェネシスで潰されることは

 ないでしょうから、ここを拠点にしてプラントに圧力をかけます。彼らが地球を撃たないように」

『ダイダロスというと、例の砲台がある基地ですか?』

「ええ。まったく月の裏側にあんな馬鹿でかい固定砲台を作ったのか未だにわかりませんが……」

この時期レクイエムは単の固定砲台に過ぎず、出力もジェネシスの数分の1程度に過ぎない品物だった。本来は資源採掘基地も兼ねるダイダロス

を時折降ってくる隕石から守るだけのものでしかない。

「尤もBWG、いえブルースウェアの優秀な将兵の手にかかれば、そのような事態なんて起こるわけがないでしょう」

歴々の面前で、そう自信満々に言い切るアズラエル。だが彼は内心ではかなり不安に駆られていた。

(自信満々に言ったけど、実際にはやってみないと判らないんだよな……はっきり言ってギャンブルだし。真珠湾攻撃並だな)

勝てる状況を作ってから打って出るのが戦略の原則なのだが今回の作戦は些かその原則に反していた。ギャンブル的な要素が多すぎたのだ。

(だが余り悠長に待っているわけにはいかない。艦隊ごと月基地を叩かれれば全ては終りなんだ。ここは一気に行くしかない)

内心はかなり不安だったがそれを表に出すわけにはいかない。彼はこの作戦の提案者なのだ。その本人が不安がるようでは到底、目の前の歴々

を説得することなど出来はしない。自分の商品に自信を持てない商人の言葉など、誰も信用するわけがないのだから。

(ここが正念場だ)

喉がカラカラに渇き、背中に嫌な汗が吹き出るのを自覚しつつも、アズラエルは精一杯の虚勢を張る。

「リスクは高いですが、見返りも期待できます。ここは勝負に出るときです」

ジェネシスはザフトの戦略の要である。もしこれを失うようなことになれば、ザフトは一気に崩れる可能性が高い……そう説得するアズラエルに

メンバー達も勝負に出る価値はあると考え始めた。何せ、ここにいる全員が戦争の泥沼化を望んではいないのだ。

アズラエルは商売人のように相手が望んでいるものを前面に押し出す手法で彼らを説得する。

『……確かにやってみる価値はあると思いますが、この作戦が成功すれば一般のプラントにも大きな被害を与えることになるのでは?』

「確かに多大な死傷者が生じるでしょう。ですが精々死者は30万人に届くか届かないか程度です。コーディネイターがこの地球にNJを投下した

 際に生じた死傷者からすれば僅かな数です」

血のバレンタインの死者を含めても50万人程度。一方、NJによる死者はその数倍に及ぶ。被害も桁違いだ。アズラエルの言葉に多くのメンバー

は頷くことで同意の意を示した。

「優良種、いえ己こそが新人類と詐称する化け物たちには丁度いい薬ですよ」

『ふむ……』

国防産業連合の高官達は、アズラエルの態度を見て決断を下した。

『判りました。そこまで理事が主張するようであれば、我々も協力を惜しみません』

『こちらからも、関係部署に働きかけましょう』

かくして正式に国防産業連合はアズラエルが推し進めるジェネシス破壊作戦『フェイタルアロー』を後押しすることを決定した。だが作戦を

行うにしても彼らは別にやるべきことがある。それを理解しているアズラエルは、メンバー達を見回しながら言った。

「ですが作戦を行う前に、色々と工作も必要です。軍についてはサザーランド大佐がやってくれても、政府となると話は別です」

サザーランドによる軍内部の説得工作に加えて、国防産業連合まで動けばフェイタルアロー作戦は承認されるだろう。しかしジェネシスの存在に

ついては出来るだけ秘匿する必要がある。今、連合軍はカーペンタリアに核が配備されて神経質になっているのだ。ここでさらに神経を逆撫でする

ような真似は避けなければならない。このためには政府筋に対する情報操作も徹底しなければならない。

『確かに情報操作が必要になりますな。ジブリールがあれの存在を知ったらどんな暴挙に出るか判らない』

「その通りです。尤もジブリールが目に余る行為に及んだ場合は、それなりの対応をするつもりです」

アズラエルは過激派、特にジブリール派を完全に叩き潰すことも考えていた。コーディネイターを多数擁するオーブ軍が参戦した以上は、彼の

ような過激派の存在は非常に邪魔になる。彼は必要なら非合法の手段を使うつもりだった。

(それにしても戦争をしながら、権力闘争か。全く碌なものじゃないな)

安全な場所で、数十万人の人間を死に追いやりかねない作戦を推し進め、政敵を抹殺するための陰謀を張り巡らす……まるで、小説に出てくる

悪役だなと彼は自嘲した。

(だが、もう止まることはできない。行き着く先が栄光にしろ、破滅にしろ、もう止まることはできないんだ)

誰にも弱音を吐くことの出来ない男は、そう自分に言い聞かせて精神を奮い立たせる。

「それでは、これで会議を終わります。ご苦労様でした」

この言葉を聴いて次々にモニターから姿が消えていく。そして最後の一人が消えるのを確認するとアズラエルは疲れの余り、机に突っ伏した。

「今日はもう寝ときたいけど……無理だよな。次の予定もあるし。やれやれ……」

精神力と体力を大きく消耗したにも関わらず、アズラエルは次の仕事に取り掛かるべく足早に会議室を後にした。




 アズラエルが提案したフェイタルアロー作戦は即座に大西洋連邦軍参謀本部で取り上げられた。だが帰ってきた反応は否定的な物が多かった。

作戦部の会議では、アズラエルの代理人であるサザーランドに対して集中砲火が浴びせられる。

「一個艦隊でプラント本国を突くなど無謀の極みだ!」

多くの人間がプラント本国周辺に現時点で進出することに否定的だった。ハリンは一応、プラント本国に比較的安全に接近することを可能にする

装備を開発、配備していたのだが、それとて万全とは言えない。万が一、敵の哨戒部隊に発見されたら袋叩きにあう。

「ブルースウェアの1個艦隊をこんな無謀な作戦に投じるくらいなら、もっと別の戦線に回せばいい」

反対派の将校の言葉に、多くの人間が頷く。連合軍は確かに再建を進めているが、それとて完全ではない。低軌道の防衛にはまだまだ人手がいる

し、出没する海賊(テロリスト)やザフトの通商破壊に対応するためにどこの戦線も艦とMSを欲していたのだ。第3艦隊、第6艦隊の再建が

未だに終わっていない状況では、1個艦隊をすり減らす作戦など取る余裕は無いと言うのが、反対派の本音だった。尤も彼らも今回の作戦の

目標がジェネシス……地球を直接攻撃できる戦略兵器だと知ったら賛成しただろう。まあ逆に言うなら彼らがこの作戦に反対していた最大の原因

はサザーランドたちが正確なジェネシスの情報を教えていなかったためであった。身動きの取れない要塞を叩くために、わざわざ1個艦隊規模の

戦力を失うような作戦を彼らは取りたくないのだ。

「ブルースウェアをそのような投機的な作戦に投入するよりは通商破壊で、プラントを締め上げるべきでは?」

この常識的な意見に多くの反対派将校が頷く。

(やはり、正確な情報を教えればよかったか? いや、下手に喋ればどこでジブリールの耳に入るか判らん)

サザーランドは目の前の反対派の動きを、内心で苦々しく思うと同時に、正確な情報を話せない事情に苛立ちを感じていた。しかしそんな彼に

意外なところから援軍が現れる。

「諸君、落ち着きたまえ」

反ブルーコスモス派の筆頭のはずのアンダーソン将軍はそう言って、反対派をなだめる。

「この作戦は確かに些かリスクが大きい。だが、これは同時にチャンスでもある」

アンダーソンは今回の作戦のために新しく確立された艦隊運用の有用性を説く。

「この戦術をうまく利用することが出来れば、プラントを早期に屈服させることも不可能ではない」

彼の言うとおり、連合軍が今回のような作戦を行えば、ザフト自慢の宇宙要塞は役立たずと化す。少なくともプラント本国の防衛という本来の

任務を果たせなくなるのは確実だ。それを自覚した際に彼らが受けるであろう心理的なプレッシャーは想像を絶するものになる筈だ。

「政治的に利用すると言う事ですか?」

反対派の質問にアンダーソンは黙って頷く。

「この作戦は失敗しても、彼らは常にプラント本国周辺にこれまで以上の哨戒網を構築する必要を感じるだろう。それは奴らの戦力を分散させ

 我々の宇宙反攻をより容易にする」

尤もアンダーソンがこの作戦に賛成するには、他の理由もあった。

(うまくいけば、この作戦でブルースウェアの戦力をそぐ事ができるやもしれん)

彼としては、目障りなブルースウェアとザフトを潰し合わせてお互いの弱体化を狙っていたのだ。ラクスたちの戦力は確かに強力ではあったが

所詮はジャンク屋と傭兵、それに一部の反連合勢力の寄せ集めでしかない。一旦、敗れれば、後は坂を転げ落ちるように組織が崩壊していく危険

があった。

(毒をもって毒を制すだ)

アンダーソンの賛成を受け、次第に反対派も切り崩されていった。その様子を見ながらアンダーソンは次の障害を考える。

(問題は大統領が、この作戦を了承するか、だな)

参謀本部は内容の微修正を行った後、フェイタルアロー作戦の書類を、大西洋連邦大統領オースチンの元に届けた。これを受けてホワイトハウス

の執務室には多くの閣僚が集まり、その是非について検討しはじめた。無論、全員がジェネシスについての詳細な情報をアズラエルから 知らされて

いるので、この作戦が連合すべての命運を掛けた作戦になることを理解していた。ゆえに反対意見も多かった。

「連合諸国すべての命運をアズラエルの私兵に任せてはなりません。さらにプラントそのものを破壊するなどもってのほかです」

作戦案を読み終えた商務長官マイケル・ウォーレスは猛烈に作戦に反対した。だがこれに親ブルーコスモス派のメンバーが反論する。

「だが現状で動かせる正規艦隊はと第4艦隊と第7艦隊だけだ。さらに第4艦隊は防空能力が貧弱の上、錬度も高くない」

参謀本部長のキンケードはさらに反論を続ける。

「加えて第7艦隊所属艦のエセックス級にはトライデント運用能力はないのだ。これではミーティアを装備したフリーダム、ジャスティスを

 相手にするのは心許ない」

「……ならば彼らのエセックス級だけを借りればよいでしょう。それを第7艦隊なり、軍の正規艦隊に編入すれば」

「それでは艦隊の統制が難しくなる。今回のように敵地の奥深くに侵入する作戦ではきめ細かい艦隊運用が求められるのだ」

素人は黙っていろとばかりの反論に、マイケルは些かむっとするが黙らざるを得なかった。

「大統領、私はこの作戦は行うだけの価値はあると思います。仮に破壊できなかったとしても、何らかの損害を目標に与えることはできます」

キンケードの脳裏には月基地とパナマで次々に再建されつつある宇宙艦隊の光景が浮かんでいた。

「連合宇宙軍の再建が終るまでの時間稼ぎは出来るはずです」

「だが、余りにリスクが高すぎるのではないのか? 下手をすれば我々はこの戦争を失うことになる」

国務長官サカイの質問に、キンケードは頷いて答える。

「確かにこの作戦はリスクが高い。だがそれに見合うだけの成果もある」

キンケード自身もこの作戦の危険性は理解している。だがそれに見合うだけのメリットがあることも理解している。彼とてリスクが大きいだけ

でメリットが低い作戦を採用するほど無能ではない。

「大統領、ご決断を」

閣僚全員が自分に視線を集中するのを自覚しながら、オースチンは口を開く。

「……良いだろう。やりたまえ。連合各国にはこちらから説明しておく」

すでに国防産業連合から猛烈な圧力を受けており、彼としては否という選択肢がなかった。尤も彼が嫌々この作戦を了承したかと言うとそういう

ことでも無かった。彼としてはプラントに相応の犠牲を払わせ、かつ戦争を終わらせるための切っ掛けとなるこの作戦は望ましいものだった。

(ジェネシスを潰せば、今後の交渉もこちらが有利になる。うまくいけば条件付で降伏させることもできる)

アズラエルが以前とは大きく変わっていることに加えて、マリアによる議会中道派への説得工作が少しずつ成果を挙げだしている今こそチャンスと

言えた。何しろザフトを完全に屈服させるまで戦争するとなるとどれだけ被害が出るか判らない。カオシュンでも手痛い打撃を受けているのだ。

この辺りで手打ちにしたほうが良いかもしれない、オースチンはそう思っていた。

(尤も問題はユーラシア連邦や、東アジア共和国の連中をどうやって抑えるか……だな)

ザフトの攻撃で本土に多大な損害を受けたこの2カ国が簡単に講和に同意するかどうかも問題だった。仮に同意したとしてもプラントが承諾でき

ないほどの賠償金を要求したり、利権を要求する可能性が高い。

(戦後処理を誤れば、今回のような大戦争が再び起こりかねない)

第二次世界大戦は、第一次世界大戦の戦後処理を誤ったことが原因の一つであった。戦勝国がドイツに法外な賠償金を課したことでドイツ経済は

疲弊し、世界恐慌によって完全に破綻した。経済の破綻は社会に不満を充満させ、最終的にヒトラーと言う独裁者を誕生させてしまった。

(同じ愚だけは避けなければ……)






 紆余曲折はあったものの、地球連合軍はジェネシス破壊作戦・フェイタルアローの実施を決定した。彼らはブルースウェアを保有するBWG社に

対してブルースウェアの出撃を承認する旨を伝えると同時に、フェイタルアロー作戦において陽動や後方支援を担当する部隊の編成を始めた。

連合軍最高司令部は陽動として第7艦隊を主力とした宇宙艦隊でボアズを攻撃すると同時に、独立部隊を幾つかを呼び戻し、後方支援に当てる

ことを月基地司令部などに伝えた。

「……いよいよですね」

地球連合が、フェイタルアロー作戦の発動を決定したとの報告を電話越しにサザーランドから聞いたアズラエルは、緊張した面持ちで呟く。

『はい。すでに第7艦隊はボアズ攻撃を行うべく準備に入りました。各独立部隊もブルースウェアを支援するべく出撃準備に取り掛かっています』

「ジェネシスの詳しい情報については漏洩していませんよね?」

『勿論です』

このサザーランドの答えに、アズラエルはほっとした。何しろ、ジェネシスの情報が表沙汰になればコーディネイター脅威論の台頭は免れない。

そうなればコーディネイターの殲滅を主張する勢力が増大する危険性がある。そのような事態だけは防がなければならない。

(情報の公開は戦後だな……)

そう内心で呟くと、サザーランドに礼を言って電話を切る。だがその直後に招かれざる客の来訪が告げられる。

「クラウス議員が?」

「はい。総帥に面会を求めています」

突如として執務室に入ってきた秘書官からの報告にアズラエルは眉を顰めた。

「事前のアポなしにやってくるとは、まったく何を考えているんでしょうね?」

アズラエルはそう言って溜息をつくが、すぐに執務室に入れるように命じた。だがその直後、その命令を激しく後悔することになる。

「お邪魔します、アズラエル理事」

執務室に入ってきたマリアの口調は丁寧だし、顔には微笑みが浮かんでいたが……彼女の顔を見たアズラエルは腰が抜けそうになった。

(鬼だ! 鬼がいる!!!)

マリアの浮かべる笑みは妖絶と言えるものであり、その迫力を前にアズラエルは失禁しそうになるのを自覚した。だが、この程度で怯えていては

話にならないとアズラエルは自分を奮い立たせる。

「どうしました、クラウス議員? な、何か御用でも?」

残念ながら、語尾が震えているのは、隠しようが無かった。だがそんなアズラエルの苦労を嘲るように、マリアはさらに凄惨な笑みを浮かべる。

「ええ。理事が進めたフェイタルアローについて、少しお聞きしたいことがありまして」

アズラエルは背中から、いや体のいたる場所で冷や汗が流れるのを自覚した。これほどまで、美人が浮かべる笑みが怖いと思ったことは彼には

なかった。憑依前に恋人だった瑞樹が時折見せていた笑いながら怒っているような顔とはランクが違いすぎた。

「ははははは………神よ、俺が一体、何をしたって言うんです?」

顔を引きつらせながら、アズラエルは己の不幸(?)を呪った。かくして修がアズラエルに憑依してから最も精神力を消耗させることになるだろう

マリア・クラウスとの二度目の会談の幕が開ける。









 あとがき

 青の軌跡第27話をお送りしました。ついにフェイタルアロー作戦が動き出します。尤もその前にアズラエルとマリアの会談があります。

さてアズラエルは怒れるマリアを説得(?)することが出来るのか……それにしても彼って運が悪いな(苦笑)。

カオシュン攻防戦での消耗を受けた大統領は、宇宙での戦いで被る損害の大きさを気にしだします。ある意味、クライスラーは連合とプラントが

講和を結ぶ切っ掛けを作ったといえます。色々と各勢力での動きが活発化するでしょう……うまく書ききれるんだろうか(冷汗)。

次回はマリアとアズラエルの会談、そしてザフト側の動きなどになりそうです。まあアズラエルはまたしても苦労するでしょう。

彼に安息の日は来るのだろうか……。

それでは拙作にも関わらず、最後まで読んでくださりありがとうございました。第28話でお会いしましょう。

それとこのHP蒼の混沌で、小説や絵の投稿を募集しようかどうかを考えているのですが、どうでしょう?